📖第3章
人は握るが、神は委ねられる
長年、建築の仕事に携わる中で、
一つ気付かされたことがありました。
それは、
「人は失敗を恐れるほど、手放せなくなる」
ということです。
責任感が強い人ほど、
「自分がやった方が早い」
「自分がやった方が確実だ」
と思ってしまいます。
その気持ちはよく分かります。
しかし、その結果どうなるでしょうか。
仕事はすべて一人に集中します。
休むことも出来ません。
新しい仕事を受ける余裕もなくなります。
そして何より、
後に続く人が育たなくなってしまいます。
🌿握ることは安心に見えて…
一見すると、
全部を握っている方が安心に思えます。
しかし実際には、
握れば握るほど、
自分も苦しくなり、
周りも成長する機会を失ってしまいます。
🌿神は違われた
聖書を見ると、
神はまったく違う働き方をされます。
ペテロを召されました。
モーセを召されました。
ヨナを遣わされました。
十二弟子を選ばれました。
神は、
彼らが完全な人だから選ばれたのではありません。
ペテロは大胆でありながら失敗もしました。
モーセは自信がなく、
何度も断ろうとしました。
ヨナは神の命令から逃げました。
弟子たちも、
イェシュアが捕らえられた時には散り散りになりました。
それでも神は、
使命を取り消されませんでした。
🌿神は育てながら委ねられる
神は、
「この人なら絶対に失敗しない」
という人を探しておられたのではありません。
神は、
委ねることで人を育てられるお方です。
失敗も経験させ、
立ち上がることも教え、
その歩みの中で、
人を成熟させていかれます。
🌿教会も会社も同じ
会社でも、
教会でも、
家庭でも、
一人ですべてを抱え込めば、
やがて限界が来ます。
だから神は、
一人に全部を任せるのではなく、
それぞれに賜物を与え、
それぞれに役割を与えられました。
一人で何でも出来る人を造るのではなく、
互いに支え合う共同体を造ろうとされたのです。
🌿この章の核心
人は、
失敗を恐れて握りしめる。
しかし神は、
人を愛しているからこそ委ねられる。
委ねることは放任ではない。
信頼し、
育てるための愛なのである。
🔥神は「出来る人」を探されるのではない。
🔥神は「共に歩み、育てる人」を選ばれるのである。
✨締めの一言
「人は、失敗を恐れて手放せない。」
しかし神は、人の弱さをご存じの上で、それでも使命を委ねられる。
そこに、人を育てる神の愛があるのである。 🤲📜✨🔥
