補遺青い薬を選ぶ人々 | Truth Hawkのblog

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聖書研究と世界情勢をリンクさせて調査するブログ

📜補遺
青い薬を選ぶ人々


映画マトリックスの中で、
青い薬を選ぶということは、
今まで通りの日常へ戻ることを意味していた。

何も知らないまま。
何も変えないまま。

安心できる世界へ戻る。

それは一見、
賢い選択にも見える。

戦わなくていい。
苦しまなくていい。

真実を知って悩まなくていい。

だから多くの人は、
青い薬を選びたくなる。


臭いものには蓋


私は時々思う。

人間は、
理解できないものを避けたがる。

面倒なことを避けたがる。
不安になることを避けたがる。

だからこう言う。

「そんな難しいことは考えたくない」

「今が幸せだからいい」

「どうせ分からない」

それはある意味で、
臭いものに蓋をする行為にも似ている。


しかし現実は変わらない


マトリックスの世界では、
人々が真実を知らなくても、
機械の支配は続いていた。

信じるかどうかとは関係なく、
現実は存在していたのである。

これは現実世界でも同じかもしれない。

重力を信じなくても落ちる。
火を信じなくても燃える。

人が認めなくても、
現実は現実である。


戦わなければ終わりがある


私は思う。

青い薬を選ぶことは、
問題を解決することではない。

問題から目を逸らすことなのである。

戦いを見ない。
危険を見ない。
終わりを見ない。

しかし見ないからと言って、
それが消えるわけではない。

むしろ気付かないまま、
終わりへ向かうことさえある。


システムログ


ここで面白いことがある。

コンピュータの世界には、
ログというものが存在する。

記録である。

いつ接続したか。
何を見たか。
何を選んだか。
何を削除したか。

全てではないにせよ、
多くのことが記録されている。

利用者が忘れても、
システムは覚えている。


聖書の語る記録


私は時々思う。

聖書もまた、
似たことを語っているように見える。

人は忘れる。
人は言い訳する。
人は都合よく解釈する。

しかし神はご存知である。

何を考えたか。
何を選んだか。
誰を信じたか。

そして聖書は、
最後に全てが明らかになる日を語る。


青い薬の代償


青い薬は楽である。

悩まなくて済む。
考えなくて済む。

しかし代償がある。

それは、
自分が何を選んでいるのかを知らないまま生きることである。

そして気付いた時には、
既に多くの時間が過ぎているかもしれない。


最後に


私は思う。

青い薬を選ぶことは、
現実を変えることではない。

終わりを消すことでもない。
記録を消すことでもない。

ただ、
現実から目を閉じることなのである。

そして人は毎日、
この選択をしているのかもしれない。

見るのか。
見ないのか。

考えるのか。
考えないのか。

真実を求めるのか。
それとも安心を求めるのか。

青い薬か。
赤い薬か。

その選択は、
映画の中だけの話ではないのである。