社会起業家コースに通っていたある日。


朝のスピーチの時間、クラスメートのスピーチを聞きながら、横の席に座るWさんが、ふと1枚のメモ用紙を私に見せた。


「こんな詩があったのを思い出しました」・・・・とある。


その最初のフレーズがあまりに印象的だったので、後で全文をうかがった。


ますます心に響いたその詩の作家は、Lanza del Vasto ( ランザ ・デル・ヴァスト と読むのだろうか) とある。

聞いた事のない名前だった。


この詩をご紹介下さったWさんは、仏文科のご出身。

けれど、仏文科でとり上げられる「作家」の中に、こういう名の作家は入ってはイナイ筈だ。


ネット検索をしてみて驚いた。

「ガンジーの弟子」?!・・・


そうと知って再度この詩に目をやると、

ガンジーのあの微笑の底に広がる静寂と透き通った風とが感じられた。


これを訳した日本人は居ないようだった。

それは、ここに提示された世界に土足で踏む込むような行為に等しいものだからなのだろうか・・・。


では、ここにある「空間は」、知られぬままに眠り続けるのだろうか・・・・・?


日本語に置き換えながら読んでみた。

すぐに立ち上ってくる言葉があった。


La Maison de Vent


J'ai ma maison dans le vent sans memoire,        

J'ai mon savoir dans les livres du vent,       

Comme la mer j'ai dans le vent ma gloire,        

Comme le vent j'ai ma fin dans le vent.


風の家


追憶のかなたの風の中に私の家はあり、

吹かれていった書物の中に私の知はある。

大海のごとく、風の中に私の栄光は眠り、

大気のごとく、風の中に私の終焉もあるのだろう。


このブログにParisで食したクロックムッシュのことを書いて以来、いろいろな方達からその作り方(いろいろなレシピが紹介されているようで、一体どれがフランスの味?など)、使用材料(どんなハム?)、食するシチュエイションなどについてのお問い合わせをいただいた。


こうなると、気分はもうすっかり「料理人」。(ナンデ?!)

求められるままにアレコレ指南しながら、フト思った。

「そんなオシャレなものだったっけ?」

でもコレ、チーズがキライという方でなければ、確かに誰にとってもオイシ~ものであるに違いない。

(作り方については拙ブログ<クロックムッシュ 後編>をごらん下さい。・・・お料理ブログではないのですが・・・)

http://ameblo.jp/yaskh75/page-2.html#main


ワインにも合うし、ティータイムにも良いし、サラダと一緒にランチや、ブランチにだって最適だ。



友人と日曜のマチネ (夜ではなく午後のコンサートのことをフランスではこう称します)に出かけた。

フランス人ピアニスト、アレクサンドル・タロー (太郎ではありません。Tharaudです)である。


ああ、コレも確かにフランス人のひとつの形・・・というその演奏内容については、またの機会に・・・。



終了後、マチネだったのでアルコールタイムにはまだ早く(私は一向に構わないのであるが、何せお店がまだ開いていない)、でもオナカはちょっと空いている。


そう!こういう時にピッタリなのがクロックムッシュなのですネ。


で、見つけてしまったのだ。

パリのその味に匹敵する<クロックムッシュ>を!


今日はそのご紹介。

(イヤァ~、なんだかこれぞブログってカンジになってきました。気分はもうすっかり 「ブログプロ」 です)



西宮ガーデンズ2F 「ヘルシンキベーカリー」 のサロン。


本来ならココにその写真が登場しなければならないところなのだが、ハイ、すみません。それに気づいたのは感動のあまりパクパク平らげてしまった後でした。まだまだ修行が足りません。


パンも薄めで小ぶりにカットされているところはパリのカフェとは違い、日本人の繊細さと技の微細ぶりが光るところだが (ハァ~?!) 、その味はまさにクロックムッシュ!


「これ(チーズ)はエメンタールだネ」(友人の弁)・・・・だそうです。



さて、西宮ガーデンズは、兵庫県立芸術文化センターとつながっている。

この日も私達がでかけたホール(小ホール)の大ホールでは佐渡裕指揮の「英雄」(ベートーヴェン)が行われており、私達が出てきた頃にはそちらは丁度休憩中。

人々はシャンペングラスやコーヒーカップを手にニコニコ語り合っているところだった。(ってことはその演奏がとてもヨカッタってことネ)


一日にこの水準のコンサートが二つも催されていることに私は先ず、小泉元首相ではなくとも大いに 「感動したッ!!」。


ホールロビーのカタログスタンドから目ぼしいチラシを引き抜くが、すぐに100枚ノートくらいの厚さに達する。

なんたる「西芸」(西宮にあるのでこうも呼ばれています)のプロデュース力! 

それも高レヴェルのコンサートが目白押しなのだ。

出演者の歴々に目をやれば ・・・・・「ここはパリかィ?」

(イヤ、実際にはPARISのコンサート水準より高いだろう・・・と思った)


私はけっして「西芸」のまわし者ではございませんが、皆様、是非是非お出かけ下さい。

ヨーロッパで行われているコンサートが、そっくりそのまま味わえます。

ホールもスバラシイです。



クロックムッシュの写真の代わりに、今日はこの日の演奏者、アレクサンドル・タローの写真を載せます。

このタイプがお好きな方(?)は、是非近日中に更新される筈の友人のブログをご覧下さい。

                            

                   http://maison-de-point.com/


彼女がコンサート後のサイン会にて思いっきり近距離にてせまった(!)彼のお顔をご覧いただくことができます。




                                                          Alexandre Tharaud







(続)

シャネル、ジバンシー、サンローラン、ディオール、ピエール・カルダン、ニナ・リッチ、ソニア・リキエル、ウンガロ、アニエス・ベー・・・洋服以外なら ロレアル、ルイ・ヴィトン、カルティエ、クレージュ、セリーヌ、シャルル・ジョルダン、ロンシャン、果てはリモージュ、ウォーターマン、クリストフル・・・・食なら フォション、ラデュレ、マリアージュ・ド・フレール・・・

これらは全て歴然としたフランス企業である。


そして、これらは全て、ある一人の人間の才能に負うことによって開花したビジネス。


個人芸にいたってはもう枚挙にいとまがない。

音楽家、画家、作家たち・・・・


つまり、何が言いたかったのかと言うと、事ほど左様にフランスは個人芸の国。 

「一芸に秀でる」 ことで 「世に出る」 国なのである。


このあたりが 「アメリカンドリーム」 とは一線を画すところだろう。

これを「フレンチドリーム」 と銘打ちたいところだが、どうも「ドリーム」という言葉が相応しくない。



では、振り返って日本はどんな国なのか。

・・・・そりゃもう、アメリカ式 「成功哲学」一辺倒に近い国 。

 (ドラッカーの出現以来、事情は少々変わりつつあるように感じるが):注

少なくとも、アメリカ 「成功哲学」 書の最大市場を築いてきたことは間違いない筈だ。



日本には古技の職人芸が残る「職人の世界」 があり、この世界はフランス式に等しいのではないかと思う。

ただし、コレで世界規模の企業にまで成長しているものがあるかと言えば、話しは別だ。




・・・・が、実はアルのだ。 

現代版 「一芸に秀でる」 方式――フランス式成功の日本版が。



それは・・・・・アニメ!

わが国アニメは、フランスでは今や 「Manga」 と称され、一大ブームをまき起こしている。

はや何年になるのだろう。今ではそれ専門の書店までが出現したと聞く。



こう考えてみると、日本の文化や日本企業に求められる対外的意味も少しは変わって見えてくるのではないか。

一芸に秀でた技術、一芸に秀でたアイディア、一芸に秀でたデザイン、一芸に秀でた雇用・・・。




最後にもうひとつ、私が思う「フランス式成功例」 を挙げたい。


それは・・・・・『 国境なき医師団 』 (MSF)

  

――――国の境が命の境であってはならない


1971年にベルナール・クシュネル医師 (現フランス共和国外務大臣)等によって立ち上げられたNPOである。



現在では世界約5000人の医療関係者たちが80カ国でその活動を行っている。

     

                    http://www.msf.or.jp/


そのほとんどが寄付によってまかなわれているこの活動に 「成功」 の名は冠されないとの見方があるだろうか。



モンテーニュの言葉を再度・・・・・


 ――――勝利よりも勝ち誇るにあたいする敗北がある





注> 

どういう経緯があって「今」ドラッカーが日本の書店に並ぶようになったのか、私には定かではない。

単に日本が今マネジメント理論を必要とするようになった、ということなのだろうか。  

彼の著作活動は確かにアメリカ移住後に開始されたことになるのだが、ドラッカー自身は1909年、ウィーン生まれのユダヤ人である。

「個人の成長」に視点を置き、自らを「社会生態学者」と称するこの人が、私にはどこかフロイトと重なって見える。








現在わが国で流通(?)している「成功哲学」の系譜は、明らかにアメリカが出生の地だ。

ナポレオン・ヒル、デール・カーネギー、アンドリュー・カーネギー、ジョセフ・マーフィー・・・と並べば、特にその道に詳しくはなくとも、頭の中には一つの「系譜」が浮かび上がるのではないか。


これらのパイオニア達に共通する思想とは、暴挙的な括り方をしてしまえば 「思考は現実化する」 と 「引き寄せの法則」 だろうか。


今日賑わいを見せているコーチング理論、リーダーシップ理論、コミュニケーション理論、サクセスモチベーション、ブランディング・・・なども折り目正しく元をたどれば、必ずここに行き当たる筈だ。



では、フランスではどうなの?  (・・・とは誰も思わないか?)


「こういう風にやれば目的達成するよ」 という 先ずはその「物言い」に、彼らは 抵抗を示すのだろう。

(こういう思想がかの地では極めてクールに受けとめられている事実を想えば、そんなカンジなのではないかと思う)


いわゆる「社会的に成功」することを、最初から希求することをしない人間達が実際この国には多く居る。

社会システムの硬直化がその要因だと言われるが、本当にそうだろうか・・・。


何故なら、社会の硬直化が言われるはるか以前から、彼らは既に「成功哲学」を知っていたのだから。 


例えば、


・成功したから満足するのではない。満足していたから成功したのである・・・・・モンテーニュ

・悲観主義は気分だが、楽観主義は意志である・・・・・アラン



これらなどはもう完全に「成功哲学」ベース。 (・・・ですよね?)
モンテーニュは、なんと16世紀に生きた人。アランは19世紀の人である。


で、つまり、彼らは自らの意思により、 「社会的成功」よりは 「自分が日々生活する場の成功」・・・・毎日をどれだけ自分が納得し、満足して在れるかに、持てる力を注ぐのである。



「成功の意味」が異なるなら、当然「成功の仕方」も異なる。

この国で信望されている「成功」の仕方というのは、これはもうハッキリと 「一芸に秀でる」 方式であるに違いない。


フランスならではの成功企業と言えば ルノー? プジョー? ・・・

Non!Non! その前に重要なものをお忘れです。


(長くなってしまいましたので、続きは次回のブログで・・・・・お許しください)




一口の食物もノドを通らぬまま、翌日の午後パリについた。


「ようこそ、パリへ!」 「モスクワからですって? イャイャ・・・」 「ボンジュール、よいご滞在をネ!」・・・


真冬のパリだから決して「明るい」ワケなどなかった筈なのに、そこは明らかに、本当に、真実に、明るい光に満ち溢れた 「地上の楽園」 だった。


人々は笑顔で言葉を交わし、私が引きずる荷物に手を貸してくれようとし・・・それはもう、神々しくさえある 『人間達の町』 だったのだ。      

(フランス人は冷たいでしょう?と言うヒトは誰?)


ランチタイムは既に終わり、ディナーにはまだ遠い時間。

ホテルを出たとたん目に入った、何の変哲もない「ただのカフェ」 に私達は飛び込んだ。


驚いたのはカフェのオヤジさんだ。

(ナンダ、ナンダ、飛び込んできたこの日本人らしき者達は・・・)

「オーララ~~、ボンジュール!」

それでもオヤジさんの顔は笑っていた。


牛一頭でも食せる勢いだったが、ここは場末の「ただのカフェ」である。


・・・・・・間もなくテーブルの上に所狭しと並んだ (カフェのテーブルだから実際に狭いのだが) カフェメニューの数々――



最初にナイフを入れたこの日のクロックムッシュのその味を、私は生涯忘れることはない。



四角いハムサンド(少々のベシャメルソース入り)の上にベシャメルソース(ホワイトソース)少々とグリュイエールチーズをびっしりと敷き詰め、それが充分に溶けるまで焼き上げただけの単純なこのホットサンドは、私にはフランス全部がギュッと凝縮されてつまった味がした。


芳醇な小麦の味と香りが生きているパン、もとは豚であったことがハッキリとわかるジューシーな厚めのハム、ブツブツとまだ音が聞こえているようなドロリと焼け焦げたチーズ・・・その香り・・・。


「ただのカフェ」で出てきた、サラダが添えられたクロックムッシュのこの一皿の中には、まぎれもない一つの「世界」 があったのだ。


そこにあるのは、人間が持ち得る限りの 「豊かさの象徴」 。

明るくて深い精神、音楽、自由! 肯定、ユーモア、人のあたたかさ、命の連なり、哲学、色のハーモニー・・・


そしてワイン!

瓶じゃないですよ、ワイン蔵から直送された、樽からグビグビ注ぐ、これぞ気取らぬフランスワインってヤツです。

ワインはこういう樽ワインか、そうでなければちゃんとした銘柄モノに限る。中間層っていうのがイケマセン。

(アア・・ここでワインは語るまい・・・終われなくなってしまいます)


最初は遠目で見て見ぬフリしていたカフェの客たちも、この期に及んでは私達をシッカリ直視。

「どっから来たんだィ?」「ホントに日本人か?」「そんなに腹が空いているのか?」・・・


あのねェ・・・私は昨日から何も口にしていなかったのですが、他2名はチャント「ソヴィエトめし」を食していたのです。

 「イヤ~、でも、ポテト(じゃがいも)だけは美味しかったよね~」などと言う声を、私は確かに聞きました。

・・・なのにこの勢いは、いかがなものでしょう。

これじゃ、フランス人もビックリの、ただの「大食い日本人達」。


カフェのオジサン達とオシャベリしながら、食しながら、飲みながら、笑いながら・・・泣きそーになっている自分が居た。 鼻の奥がツーンッと痛くなった。



この日出会ったクロックムッシュの味を超えるソレに、私はまだ出会ったことがない。

おそらく、一生出会えることはないのだろう・・・・と、どこかでチャントそれを知りながらも、ここ数年、日本のメニューの中にも登場するようになった「クロックムッシュ」の名に出会うたび、私の中ではあの日のパリの「ただのカフェ」で出会ったクロックムッシュの、あのプレートが甦っている。





<付録>

クロックムッシュ(croque-monsieur)は上記の通りですが、ついでにもうひとつ<クロックマダム>というのも居ます(?)。

こちらは、クロックムッシュの上に目玉焼きが乗っているもので、卵の上にはお塩と共にたいていは粗引きコショーが挽かれていて、これがとてもオイシソ~です。


しかし、クロックムッシュ・・・・「カリッとしたムッシュ」(ボンジュールムッシュの、あのムッシュです)という意味なのですが、一体どのようなムッシュのことをいうのでしょう。

なかなか含蓄のありそうなネーミング。 (それか全くナイか、フランスのネーミングってこのどちらか)


「カリッとしたマダム」も同様です。
カリッとしたマダムに、私もなりたい! (??)