一口の食物もノドを通らぬまま、翌日の午後パリについた。
「ようこそ、パリへ!」 「モスクワからですって? イャイャ・・・」 「ボンジュール、よいご滞在をネ!」・・・
真冬のパリだから決して「明るい」ワケなどなかった筈なのに、そこは明らかに、本当に、真実に、明るい光に満ち溢れた 「地上の楽園」 だった。
人々は笑顔で言葉を交わし、私が引きずる荷物に手を貸してくれようとし・・・それはもう、神々しくさえある 『人間達の町』 だったのだ。
(フランス人は冷たいでしょう?と言うヒトは誰?)
ランチタイムは既に終わり、ディナーにはまだ遠い時間。
ホテルを出たとたん目に入った、何の変哲もない「ただのカフェ」 に私達は飛び込んだ。
驚いたのはカフェのオヤジさんだ。
(ナンダ、ナンダ、飛び込んできたこの日本人らしき者達は・・・)
「オーララ~~、ボンジュール!」
それでもオヤジさんの顔は笑っていた。
牛一頭でも食せる勢いだったが、ここは場末の「ただのカフェ」である。
・・・・・・間もなくテーブルの上に所狭しと並んだ (カフェのテーブルだから実際に狭いのだが) カフェメニューの数々――
最初にナイフを入れたこの日のクロックムッシュのその味を、私は生涯忘れることはない。
四角いハムサンド(少々のベシャメルソース入り)の上にベシャメルソース(ホワイトソース)少々とグリュイエールチーズをびっしりと敷き詰め、それが充分に溶けるまで焼き上げただけの単純なこのホットサンドは、私にはフランス全部がギュッと凝縮されてつまった味がした。
芳醇な小麦の味と香りが生きているパン、もとは豚であったことがハッキリとわかるジューシーな厚めのハム、ブツブツとまだ音が聞こえているようなドロリと焼け焦げたチーズ・・・その香り・・・。
「ただのカフェ」で出てきた、サラダが添えられたクロックムッシュのこの一皿の中には、まぎれもない一つの「世界」 があったのだ。
そこにあるのは、人間が持ち得る限りの 「豊かさの象徴」 。
明るくて深い精神、音楽、自由! 肯定、ユーモア、人のあたたかさ、命の連なり、哲学、色のハーモニー・・・
そしてワイン!
瓶じゃないですよ、ワイン蔵から直送された、樽からグビグビ注ぐ、これぞ気取らぬフランスワインってヤツです。
ワインはこういう樽ワインか、そうでなければちゃんとした銘柄モノに限る。中間層っていうのがイケマセン。
(アア・・ここでワインは語るまい・・・終われなくなってしまいます)
最初は遠目で見て見ぬフリしていたカフェの客たちも、この期に及んでは私達をシッカリ直視。
「どっから来たんだィ?」「ホントに日本人か?」「そんなに腹が空いているのか?」・・・
あのねェ・・・私は昨日から何も口にしていなかったのですが、他2名はチャント「ソヴィエトめし」を食していたのです。
「イヤ~、でも、ポテト(じゃがいも)だけは美味しかったよね~」などと言う声を、私は確かに聞きました。
・・・なのにこの勢いは、いかがなものでしょう。
これじゃ、フランス人もビックリの、ただの「大食い日本人達」。
カフェのオジサン達とオシャベリしながら、食しながら、飲みながら、笑いながら・・・泣きそーになっている自分が居た。 鼻の奥がツーンッと痛くなった。
この日出会ったクロックムッシュの味を超えるソレに、私はまだ出会ったことがない。
おそらく、一生出会えることはないのだろう・・・・と、どこかでチャントそれを知りながらも、ここ数年、日本のメニューの中にも登場するようになった「クロックムッシュ」の名に出会うたび、私の中ではあの日のパリの「ただのカフェ」で出会ったクロックムッシュの、あのプレートが甦っている。
<付録>
クロックムッシュ(croque-monsieur)は上記の通りですが、ついでにもうひとつ<クロックマダム>というのも居ます(?)。
こちらは、クロックムッシュの上に目玉焼きが乗っているもので、卵の上にはお塩と共にたいていは粗引きコショーが挽かれていて、これがとてもオイシソ~です。
しかし、クロックムッシュ・・・・「カリッとしたムッシュ」(ボンジュールムッシュの、あのムッシュです)という意味なのですが、一体どのようなムッシュのことをいうのでしょう。
なかなか含蓄のありそうなネーミング。 (それか全くナイか、フランスのネーミングってこのどちらか)
「カリッとしたマダム」も同様です。
カリッとしたマダムに、私もなりたい! (??)