東京に行った翌日は栃木の実家へ
両親に会いにいきました
一昨年に腰痛で寝込んだ母
その後注射を毎週欠かさないことで、少しずつ回復して再び歩けるように
土曜の午後、わたしが駅に着いたときには、父のお迎えの車の助手席に母が座って迎えてくれた
父によれば、時々、母を車に乗せてドライブして外の景色を見せてやるのだという
87歳の父親はつい先日、無事に運転免許を更新できた
車がなければ買い物も病院にも行けない田舎暮らし、運転免許は生命線のようなもの
ゆっくりゆっくり運転する父の車で途中、スーパーに立ち寄って、わたしが晩ごはんに食べるおかずを買う
母はおかゆを炊いたり、そうめんやほうれん草などを茹でるくらいであとは、買ったお惣菜で食事を済ませている
父は買い物と掃除、ゴミ捨てや灯油を買いに行って入れ替えたりなど
2人で助け合って、日々を過ごしている
母は記憶力が低下してきていて、腰が痛くてつらかったことも全部忘れてしまったらしい
「いまは幸せなのよ。お父さんがなんでもやってくれるし、助かってる。」と話す
私が子どもの頃は明治生まれの厳しい姑と同居して、亡くなるまで介護をしていた母
父親の親戚付き合いに苦労して
独善的な父とも喧嘩をしては、愚痴っていた姿をわたしは覚えている
母親は過去の記憶を失うことで幸せになれるなら、それでいいのだろうな
。。。
実家の庭の花がきれいで、写真を撮りました
夏が過ぎた後、伸び切った雑草をシルバーさんに刈り取ってもらい、木の剪定をしてもらったとのこと
日光のバラ
よく咲いてました
とおくには日光連山
この景色がいいのよ、と、両親がいう
ここはいいところよと
わたしからすれば何もない、このまちだけれど
ずっとここで生まれ暮らしてきた両親にとっては、一番なんだろう
窓辺に紫のオキザリス
この窓の下の土にわたしが持ってきたピンクのオキザリスの球根を植え込んでおいた
来年の春に咲くといいなぁ
。。。
両親はなんとか2人で暮らしているものの、できないことが何年増えていくようで、掃除もゆきとどかなくなっている
いつも実家には掃除道具をもってゆき、ひととおり水回りをそうじしてまわる
冷蔵庫には賞味期限切れの食材や惣菜がたくさんあるから、それも分別して捨てる作業
買い込まないようにと言ったところで、買い物担当の父の記憶もおぼつかないようだからしかたない
そんな父親は、テレビに録画した時代劇や懐メロを見るのが好きなようで、日曜日の午前中、朝の8時から「伝七捕物帳」をつけていた
昔はこんな番組、みたこともなかったのになぁ
。。。
日曜日の昼すぎにまた奈良に戻る
母も父の運転する車に乗って、見送ってくれた
下今市の駅では観光の汽車がちょうど停まっている
上着もいらない、季節はずれの暖かい秋の日でした






