「エジプト十字架の秘密」
エラリー・クイーン
これは以前読んだことがあるものですが、全く覚えていません。ので子供向けの本で再読を。
(被害者が首なしの死体で貼り付けに~T字になっていたというのだけ覚えている)
ある町の道路沿いにTの形に首なし死体が張り付けてある事件が起る。探偵であるエラリー・クイーンが出向く。次いでトーテムポールにやはり首なし死体が発見される。
これは以前読んだことがあると言っても子供の頃のことであるし、覚えていないのですが、それにしても、今読んで感じるのは面白くないということです。この時代に流行っていたのはパズル小説。犯人は誰か、トリックはどんなものか、というもの。しかし私はそんなものに興味がないので、つまらない、という風に感じたのです。
死体が首なしで、殺されていたと思っていた人が違う、人が入違っている、というのは安易に判ることです。でも、だからどうということもない。
私はドイルのホームズは繰り返し読んでいますが、やはり「小説」として面白いのでしょう。
例えばこのクイーンの小説にはユーモアが欠如している。また、探偵の魅力もあまり感じられない。友情や人間関係も。
そしてやはり、この先どうなるのだろうというワクワク感、先を読みたいと思わせる技量というものが欠けているように感じました。
PS
中学生くらいの頃か、私が本を読む時は解説を先に読むと言うと、学友?がにやりを笑って「推理小説の犯人を先に知ろうとしている」というのです。もちろんそんな意図は全くなく、解説には大概、作者の経歴や他にどんな著書があるかなどが書いてあるわけです。
しかしこの本、=子供向けリライト「少年少女世界推理文学全集」をみて、思いました。解説に犯人が書いてあるのです。これは甚だしいルール違反です。あとがきや解説であっても先に読む人は多いのです。別にオチが知りたいのではなく、どんなあらすじか、他の人はどんな感想を持っているかなど、とにかく、本の装丁の一部として一通り眺めてから本文に取り掛かろうというわけなのです。
そして読書家なら当たり前のことですが、本のネタバレはご法度。書く時はネタバレ注意とか、ここから本書のオチを書くのでまだ読んでいない人は飛ばしてください、などと敢えて書くものです。
この解説者、とんだど素人です。
そもそも私は子供の頃は子供向けの本をほとんど読んでいません。
私が本を読むきっかけになったのは小学1年生の時に、星新一の「きまぐれロボット」を文庫で読んでからでした。むしろ大人のものを普通に読むのがよかったわけです。ですから小学の高学年くらいでは早川や創元などを読んでいたわけです。
ですから解説に犯人など書いてあるはずもなく、・・・たとえばドイルのホームズ譚では、訳者の大久保康夫はドイルの半生を語ったり、小説の背景を解説したりしています。
例えば、「バスカービルの犬」などでは、ホームズが死んだことになっている期間に、ドイルが荒涼とした地に旅行に行った時の記憶を元に書いていて、「空き家の冒険」で復活する前の話だ、とか。
例のにやりと笑った少年は、子供向けの推理小説を読んでいたのだな、と今初めて分かりました。
私はブログなどでネタバレを書くことがありますが、それはこういう理由です。
都筑道夫のエッセーで、読者から、「あなたがエッセーで書いたこれこれはどういう意味か」と質問があるが、忘れてしまっている、というのです。
つまり、エッセーを書いた当時は本の結末を書くのはタブーだからぼかしていたけれど、年月が経つと、そもそもその本の内容を忘れている。だから自分が何を指摘したのか後になると分からない、という事象が起るというわけなのです。
ですから、自分が指摘した部分は私は敢えて、ネタバレで明かして解説することもあるというわけなのです。
しかし、ついうっかりオチを話してしまい、怒られて反省したことはあります(´・ω・`)
併載
「十四のピストルの謎」
エラリー・クイーン
こちらは読んだことがない。長編をリライトしたのか元々短編なのかも不明。
靴の製造会社で儲けた老女。子供は3人、引き取った子も3人。この中の二人が言い争いから決闘をすることになる。居合わせたエラリー・クイーン探偵は事件にならないように空砲と入れ替えるように作戦を立てるが、実弾で一方が殺されるというもの。
こちらのなぞも犯人捜しも一向に興味が持てず、面白くなかった。ミステリ黄金期にはこのような推理小説が盛隆していたものですが。
ココナラ
姓名判断 2500円
タロットリーディング過去現在未来 1500円
ホームページからのご応募 姓名判断3000円
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