マスコミでの「熊」の発音が私はいつも気になります。
おそらく彼らは辞典などから正しい発音を導き出したなどと言うのでしょうが、習慣とは違うように感じます。
「10分」を一般には「じゅっぷん」と発音します。しかし実際は「じっぷん」。
捕物帳の「十手」が「じゅって」ではなく「じって」であるように。しかし、私は「じゅっぷん」の方が発音しやすいし、そのような習慣になっているので、こだわる必要はないと感じます。
そして「熊」ですがマスコミでは「目の下にできる隈」と同じ発音をするのです。
私は「熊のプーさん」と発音する時の「熊」の発音の方が正しいと思うのですが。
また、最近「女優」を男女差別をなくそうという曲がった視点から「俳優」と直す動きがあります。
スチュワーデスをフライトアテンダントに直したように。
(女優にはアクトレスという表現もありますし、外国語にも女性名詞、男性名詞などが歴然とあります。それらは差別ではありません)
しかし、男女は差別するべきではないけれど、「違い」はあるのです。その違いまでも混ぜてしまうのはむしろ邪悪なことなのです。
なぜなら人体の構造、心の構造など生まれた時から神の意思で違うように出来ているからです。
差別はいけません。しかし違いを混ぜるようなことはしてはいけないのです。
また、ロシアがウクライナを攻撃したことからウクライナ側に就くことを目的とし首都「キエフ」をウクライナ発音でキーウとか、チェルノブイリをチェルノービリにしようなどとしていますが、
一部のマスコミの権限で公共のものを勝手に変えないでもらいたいと、私は強く思います。
そこには世を改善しようという意思というより、一部の人間たちの権力行使による社会習慣を変えたという自己満足、驕りが見えるからです。


