もう世はゴールデンウィークに入ったか。
昔は、客商売をしていたからほぼ臨戦態勢でキリリととした思いで迎えていた。ホントにさあこれから真剣勝負なんだという思いで・・・。
だから、有り難いと思いながらも、どこか好きになれなかったゴールデンウィーク。
ところが、ヨメと子供達は休みになるということでリラックスを決め込む。この意識の違いが心の差を広げていったかもしれない。
仕方が無いことではあるが、感謝をされない間柄になっていったわけである。ヨメは自分の職業を通してでしか世の中を見ていないからいつも余裕のな私の姿勢が嫌いだったに違いないと思う。
子供は、父と母の間に立ってそれなりの気苦労をしてきただろうと理解している。
それも人生である。自分のいる道の上で自分なりにもがきながら歩いてきた。
今は母が老いて、私が老いて、地域が老いた。
時間は、私に自由をくれた。この時期が来ても、もうあの思いはしなくてもいい、そう思うが心はどこか昔の意識を辿っている。
時折見る私の悪夢。母が私に断りも無く大勢の予約を入れる。次から次へと押し寄せる客、私の仕事が間に合わない。どうするんだーって言うところで目を覚ます。本当に私にとってはいまだに続く悪夢なのです。きっといまだに上手く裁いた良い記憶が無いからなのでしょうね。いっつも追い詰められ余裕で仕事をしたことが無かったから、その心残りからなのだと思います。
ヨメと別居の生活、子供は巣立って誰もいない。孫の子守も無い。
だからである、悪い癖なのは、自由に生きれば良いのに生きている証のために必死で仕事を探している自分がいる。あれをやらなくてはこれをやらなくては、色々な思いが交錯する。
両親のせいかもしれない、二人は必死に働いてきた。その姿を見ているいつでも休まず何かをしていた。だから自分が休みたいと思ってもどこか休むと後ろめたい気持ちがする。そんな思いで動いてきた。
父には、おまえは怠け者だと言われているような気がして、母からはおまえは工夫が足りないと苛立たれる。
そうは言ってもね、こんなできの悪い息子もあなた方の子供なのですけどねって言いたい所を押さえて、何かほかにやることは無いのか、こうしてはいられないっていつも思って生きている。
昔ブログに書いたことがあるが、父親が突然、膝を叩いてこうしてはいられないって言ってたのを、いつも嫌いだなって思っていた。
そんな風にやられるとぼーっとしてた自分たちも何かをしなければいけない気分になってくる。なんて余裕の無い人生なんだって。
この親はどこかへ家族で旅行しようなんていう発想をするする親でも無かったから、働きづめで生きて来た人生。
何やかにやといくつもの役回りをしていた父を見ながら育った私は、自然と父と同じ道を歩んでいる。この生き方が私の人生なんだって思いながら。
ただ楽しい生き方を見てこなかったものだから、ほかの生き方を知らないのである。
多分ヨメには疎まれていたに違いない。楽しそうな人生を歩んでいないように見えるから。いつもピリピリしている風に見えたのかも。
結婚してはみたもののそんな楽しい人生無かったと理解したのか、私抜きの子供たちとの生活に切り替えていったような気がする。
楽しみ方を知らない人生、そんな風にも取ることが出来るかもしれない。
私の育った家、そして私と父母が育った時代、そんなものが紡ぎ出してきた私の人生。
こんな生き方しか出来ない、私の子供たちにも伝わったのかな、伝わるだろうね。でもその辺は上手くやって欲しい。自由に生きて欲しい。
だから、私は商売を止めた。子供たちに迷惑をかけたくないし自由に生きて欲しかったから、ただあの時点で長男には継がせたくなかった。そんな能力も無いと私が判断したから「馬鹿じゃ出来ない、だけど利口じゃやらない」そんな客商売の難しさ。
一番やめたかったのは私自身かもしれない、逃れられないメビウスの輪の中の人生、無限軌道。どうしたら生き方を変えることが出来るか。
そんな矢先、母が寝たきりになった。前々から考えていたことを行動に移した、やめる言い訳にはぴったり。
人生を複雑にしてしまう私の行動パターン。ヨメの言うように母を施設に預けるという選択肢も有ったわけだが、厄介扱いするヨメの姿勢にもカチンときた。だからそのまま在宅介護を一から始めた。ヨメは職業柄介護の苦労を知っているから手を出そうとはしてこない。手を出したら最後、自分にその役割が任されるとでも思ったのだろうか。その前にはだかる嫁姑問題。勝手に嫌っていったなという感もある。
私は仕事を辞めた事によるどこか後ろめたさみたいなものがありそのまま母の介護を自分の仕事にしてしまった。
それは結構大変な時間の経過であったが、365日臨戦態勢であった自分のかつての日常を思えばたった一人のお客様をもてなすことくらい訳のないことなのである。まだまだ考える余地がある。
元来遊びたいとか怠けたいとか考えることが無かったから、よその人から見ると大変だねって思えることが、どうって事無いことなのである。
衣食住、結婚してからも嫁に頼ることも無く過ごしてきた。そんな依頼心が無い、甘えベタも、とっつきにくいと思わせた要因かもしれないが、仕方ないことである。
家にいない嫁と家にいる夫・・・主客転倒である。誰かがその役割をこなさなければならない訳だから、頑張るしか無かった。
溝は埋まらないまま現在に至る。介護を続けながら私は色々な人と出会ってきた。
人生は出会いである、その道の途上で出会った人に刺激を受けてまた次の一歩を踏み出す。
楽しいのである、そんな風に悪い方で無い道の方へ我が身を投げ出すのが。
きっと優しい嫁に巡り逢えていたらこんな人生の選択はせず、嫁の膝枕でかわいいお尻をさすっていたかもしれない。幸か不幸かそのような形にはならず家を飛び出す形の人生を歩んでいる。出れば出たでまた新しい出会いが待っている。
ダンスに出会ったのもその途上のこと、巡り合わせだよね。奨められたからそっちの方へ行ってみた、大変勇気のいることだったし、しばらくは慣れない環境の中で苦労した。だが慣れてくると物足りなさが出てくる。それを埋めるために次々と時間を増やした。それも自ら、そして誘われるままに、その中で構築されたのが男女の友情みたいなもの。それはこんな歳になったからそれ以上には進まないからそれでいいんじゃ無いかな。楽しいのです、いくつもの教室を渡り歩いて20代から80代までの人たちと一緒に踊ったり何かをしたりする、こんな人生が待っているとは想像も付きませんでした。行動してみるものですよね。若い子のお尻は触ることは出来ませんがハイタッチならいつも自然にやってます。そこはセクハラでも何でも無い。
また感じるのですよね。手のひらを通して硬い手、柔らかい手、湿った手、乾燥した手、色々な感触があってその感触を楽しみながらその人の性格とかも考えたり、馬鹿ですねーーー。
こんな、不純でも無い感覚を楽しみながら人生の時間は流れていきます。
ゴールデンウィークの朝にふと2時間も、お馬鹿なことを考えてしまいました。
老人よ、パソコン閉じて畑に出よう。
今日も良い天気が待っている。今日こそジャガイモを植えよう。仕事は山ほど有るよ。