親戚から、年始をしない旨の連絡が来た。

母の実家から、いとこの奥さんの実家のお母さんが亡くなっているのでという事。

そう言えば、今年の1月1日に父の妹叔母さんが亡くなった。そうか我が家も年始しなくてもいいのかな。

簡単である、本当は他所へなど出かける事なく家でまったりと正月を過ごしたい。

みんなそう思っている、それでなくとも家長は地元の神社の初詣と菩提寺への年始は欠かせない、だから近い親戚、義理で年始のやり取りをしているのではあるがそれでも続けてくれているのはお互いつながりが深いからと思っている間柄なのでしょう。

父が健在だった頃は、2日がかりで親戚を廻っていました。そんな親戚づきあいは、機械の近代化が進まなかった時代の名残り、農作業の忙繁時の人出を貸し借りする時に無くてはならない大切な血の結束、「結」を確認する儀式に他ならなかったのです。

 

そんな話をしたら、姉の家も近い関係がなくなっているとの事で、わずかに残った年始を行き来する親戚は、阿吽の呼吸で年始をしないという事になった。

 

年賀状は、どうしよう。

年賀欠礼の案内を出していないから、今年も出すことになるのか。

恐らくね、みんな止めても良いんだろうと思いながら、結局自分から言いだすことなくタイミングがつかめない。

ここはもう出さなくても良いだろうと思って省いた、高校の友人からきちんと来たりすると慌ててはがきを買いに走ったりした。

 

一度、年賀状を止めさせていただきますと記された年賀を受け取った事がある、自分のまめさから高校卒業時より一回しか会わなかった友人にも絶える事なく出し続けた。流石に友人ももう良いかと思ったかも。

ここに来てようやく、年賀状の作成に取り掛かる事になる。毎年同じパターン。

ダンスに出かける事が増えたから、やる事が多くなって大変なのです。

ダンスなど知らず、母の介護もやらなくても良い生活と考えた時、私は一体何に向かっていたのだろうと本当に、やる事、行く用事がある事を幸せに思います。

 

恐らくは母、怠け者の私を動かせるために必死になって生きているのかも。

お互いに、生かされている者同士頑張らなければと思っていますが、今朝は、母の介護を始めて滅多にない事が起きて自分で唖然としました。

 

目覚めたのが、9時10分ハッと思い起きて行ったのですが、母はすでに出かけた後、初めてでしたが、熟睡したのでしょうね。二度寝と言うのは。

滅多に起きる事の無い自分の失敗ですが、早く出かける事はたまにあるのでデイの職員は粛々と任務を全うしてくれました。

後で慌てて着替えを届けましたが、驚きの朝でした。

 

そうなのですやっぱり怠け者なのです私は。