午前11時ころ、救急搬送のホットライン。
「スポーツジムの浴室ででAさん(75才)という方が浴槽に顔を漬けたまま心肺停止の状態で発見されました。モニター心電図ではフラット(心電図波形は全く出ない状態)です。奥さん同乗で向かいます。息子さんも後から病院に向かうそうです。」
おおよそ10分後搬入となった。救急隊によって静脈路が確保され、アドレナリンが1mg投与されたところでの搬入であったが、来院時の心電図は変わらずフラット。採血では、心肺停止後相当な時間が経過していることを伺わせるデータであった。
蘇生の限界を超えていることを奥さんと駆けつけた息子さんにお伝えし、残念ながら蘇生行為を打ち切ることに同意いただき死亡宣告をした。3人それぞれに同じスポーツジムに行って汗を流していたのだとのこと。
溺水が疑われているので、基本的に警察介入の元での検死となる。このことをお話申し上げ、警察に検死依頼の電話を入れた。
息子さんは、Aさんの私物がスポーツジムにまだあるので取ってきますと言い、奥さんだけ残し、Aさんの手首のジムのロッカーの鍵を持ち一旦その場を離れた。
そうこうしているうち警察が到着し検死が始まったのだが、ジムに行ってその足で自宅に一旦戻ったAさんの息子さんから電話が入った。
「家に戻ったら、親父が自宅にいるんです。元気なんです」
ええっ?
では、ここに横たわっている人は誰だ?、と大騒動になった。
臨終を告げられた奥さんは失神しかけて救急室のベッドで点滴を受けている。この“奥さん”を起こし、もう一度故人のお顔を確認して頂いたところ、「これは主人じゃありません」と。救急車に同乗して来たのに、、、、???
警察がジムに問い合わせたところ、ジムでは別な御婦人から家族が帰って居ない旨の問い合わせがあり、それがBさん(82才)であると。
結局、警察官がジムの従業員とその御婦人を伴って病院を訪れ、なくなっていたのは実はBさんであることが判明した。ジムにはどうやら会員証と顔写真のリストがあり、一連の出来事が起こった際にBさんをAさんと勘違いしたらしいことがわかった。
付き添ってきた“奥さん”、臨終の場に立ち会った“息子さん”いずれからも亡くなられた方が別人だとの指摘もなく事が進んでしまい、自宅でAさんは帰りの遅い妻と息子をイライラしながら待っていたというわけだ。
気が動転している場面ではこんなことも起こるのだ、とスタッフもびっくりであったが、なんとも複雑な気分ではあった。
ジムの従業員が警察からこってりと油を搾られたのは言うまでもない。