さて、どこから話そう。

 

ここ一週間ぐらい、かなり落ちてて体調も悪く、とにかく寝起きが悪かった。

 

なんとかこの状況を打破したくて、はじめたのが瞑想だ。

 

でも瞑想に裏切られ続けてきたのも事実。つまりうまくいかない、瞑想やってもなんかスッキリしない。

 

苦しいだけ。そんな感覚がほとんどだった。

 

だけど、どうにもこうにもいかなくなって、重い腰を上げて取り組んだ。

 

僕は瞑想に関しては、10年以上は関わっている。

 

そのほとんどがマインドフル瞑想関連の書籍、お坊さんの書いた座禅の著書、あとはいわゆるスピリチュアル系の書籍など(エックハルト・トールさん)

 

そして、瞑想講座にも参加したり、(枡田智先生には大変お世話になり、瞑想の理解が格段に上がりました)

 

野口嘉則先生が主催してるカウンセラーの養成講座では、一元性、ただ起きていることをあるがままにみる姿勢、全体性を受容していくことを

学びました。

 

私はひとくくりに「瞑想」と表現していますが、そこにはいろんな意味が内包されています。

 

まずはざっくり、私が考える瞑想という言葉の定義をお伝えします。

 

瞑想とは、今ここの全体性にアクセスすることで苦しみや痛みから解放される行為のこと。

 

現実には、いろんな苦しみがある。

 

その苦しみを、瞑想によって越えていく。つまり、今まで苦しみだと感じていたけど、そんなの全然大したことじゃなかった!と目覚めていく。

 

ある意味、現実離れしていくような感じなのかな。

 

多くの人の関心事は、今どうにもこうにも苦しくてらちがあかなくて、どうすればいいかもわからない。しんどい状態から、ラクになりたい。

 

だから、瞑想をやる。そういう動機ではじめるパターンが多いのかと思うのですがどうなんでしょう。

 

少なくとも私はそうでした。毎日不安で、ささいなことが気になり、気に病み、心配事が絶えず、毎日なんだか楽しくない。

 

いつの間にか体も不定愁訴で、体調を崩す。とにかく朝がしんどい、だるい。やる気がない。

 

気持ちがもっと晴れたらなぁ、体がもっと軽くなったらなぁ。そんな気持ちで瞑想をはじめました。

 

ところが、瞑想してもスッキリしない。逆に悪化してるような気がする。そんな感じが続いていました。

 

なんでうまくいかないのか??ここ最近真剣に考えていたんです。自分の瞑想を検証しまくったんです。

 

そしたら、わかってきたんです。うまくいかなかった理由が。

 

まず、自分の内面に対して知らず知らずのうちに「意図的になっていた」と言うことがあげられます。

 

どう言うことか?

 

目を瞑り、呼吸に集中して、何もしない。まぁ瞑想ってこんな感じですよね。

 

そして、浮かんできた思考に気づいていくわけです。思考や雑念が出ても問題視せず、気づいていくだけ。

 

だけども、この「気づく自分が厄介」なのです。

 

多くの瞑想法では、気づくことが重要視されているのですが、いつの間にか気づきが暴走してしまうのです。

 

「もっと気づいてやろう」「ちゃんと気づけているのかチェックしよう」

 

いつの間にか、気づきに自我がひっついてしまっているのです。

 

これを無意識にやっちゃってたので、今ここに在ることから遠ざかっていた。

 

でも、その気づきの暴走すら気づければ今ここに在れます。

 

つまり、「一生懸命に気づこうとしている自分」に気づければいいんです。

 

もうひとつ。

 

苦しみが自分の中にあると気づいた。例えば胸のあたりに。なんか重い感じ。嫌な感じ。

 

それがなくなってくれればいい。そう思いますよね。

 

つまり、その苦しみを受け入れられない人が多いんじゃないかって。

 

胸の苦しみ、消し去りたい!それはつまり、今の否定ですよね。(苦しみを受け入れてない=今の否定)


でも、実はコレがイケナイわけではありません。

 

「この嫌な感じ、どっかいって欲しい、イヤだ、イヤだ、イヤだ!」


っていうのを認めればいいんです。


私もそうだったんですが、よくあるのが、

ネガティブなことを思っちゃいけないってヤツです。


別にネガティブな反応が出てきても良いんですよ。

だって、どんな感情、思考、体感が出てきたって全部気づいていくのがマインドフルネスなんですから。


でもまぁ、たしかに苦しみを消そうという意図や働きかけは、今ここの苦しみを認めていないのでマインドフルネスではないかもしれません。


でも、次の瞬間に、苦しみを消そうという意図に気づければ、それはマインドフルネスになってます。


で、結局「今ここに気づくだけで良い」という結論にまわりまわって辿り着いたわけです。


あと、もうひとつありました。


ネガティブな感覚、例えば胸にモヤモヤがあるとしましょう。


そのモヤモヤに気づいてはいるんだけど、そのモヤモヤが気になって、そのモヤモヤをずーっと見つめている場合。


「このモヤモヤで不快な感覚、早く消えてラクになんないかなぁ」なんて考えながらずっと見てる感じ。


この場合、何が起きているかというと、

モヤモヤに気づいてはいるんだけど、ずっとモヤモヤを握りしめていて、見つめ続けているので、モヤモヤの感覚から離れられず、おそらくずっとモヤモヤ感を感じ続けることになると思われます。 


これはモヤモヤに気づいてはいるんだけど、モヤモヤに対して消えてなくなれと願いつつ、ずっとモヤモヤに対して抵抗しているんです。

そして、抵抗していることに気づけてない。


じゃあこの場合、具体的にどうすればいいのでしょう?


呼吸に戻ります。呼吸に意識を戻して、呼吸を感じ、モヤモヤから離れるだけです。

それでも、モヤモヤはあると思いますよ。でも、もう抵抗はしてないです。その前に、抵抗してたことに気づく必要はありそうですが。


というか、今思えばこれも基本中の基本ですね。

つまり、もう瞑想の教科書に全部載ってるんですよ。


でも、わたしたちは言葉でその情報を理解しようとするわけです。まぁ当たり前ですけど。


だけど、本当は感性というか非言語の情報によって何かを理解したり、感じたりしながら学ぶことってあると思うんですよ。


わたしたちの感性が閉じていて、感覚ベースで物事を見れない状態だったら、どんだけ思考で、言葉で学んでもまったくわからないんです。


だから感じることが大事になります。