目が覚めた。
真っ白な天井、雑音一つ聞こえない静寂。
そこがどこだかわからなかった。
覚えているのは劇場で…

「あきちゃ!」

甲高い声が耳元で聞こえた。

「よかったー。なかなか起きないから心配したよー」

顔が近い。それにうるさい。
くしゃくしゃになった顔は酷い。そして顔のテカりはすごい。
涙がわたしの顔に零れ落ちるほど泣いている。
リボンがちゃんと着いていることには安心した。

そういえば劇場で浦野さんと戦って、野呂さんと大堀さんが現れてそれで前田さんが…

「ここはッ!?」

高城がベッドから跳ね起きる。
全身に激痛が走り顔を歪ませる。

「だめだめ!絶対安静なんだから!」

高橋が涙を拭いながら高城をベッドに寝かしつける。
落ち着かせると自分も椅子に座った。

「大丈夫。ここは病院だから」

回りを見渡すと医療ドラマなどでよく目にする機器が並んでいる。
そして白を基調としたこの落ち着いた雰囲気は病院であると理解できた。

「大事には至ってないけど全身酷い打撲と骨折だって」

高橋が心配そうに眉を曲げて言った。
しかし心に抱いた疑問はそれではなかった。

「前田さん…」

高城が呟く。
すると高橋はそっか…と一つ息を漏らしあの時の出来事を鮮明に語ってくれた。





「あっちゃん…」

確かにそこにいるのはあの前田敦子。
もうこの世にはいないはずの。

「また会えたね、たかみな」

小嶋の姿の前田はにっこりと笑った。

「どういうこと…?」

「説明すると長くなる。まずは二人を」

小嶋は野呂と大堀に闘志を放つ。
それだけで威殺してしまうかのようなそんな圧力。
しかし野呂は不敵にも笑った。

「あっちゃん、あんたとここでやるのはまだ早い」

野呂が冷静に言い放つ。
しかし隣の大堀は不満げに顔をしかめた。

「えぇ~前田ちゃんとやってみたかったのにぃ~」

「浦野を回収するのが先決だ。それに奴とやるなら少々骨が折れるかもしれない」

「うぅ~ん、残念ね~」

納得したように頷くと大堀は再び腕を液状化させる。
伸縮自在にその腕を伸ばすと気絶している浦野を包み込む。
まるで水の縄で縛り付けられた浦野は大堀の元に引き寄せられる。

「シンディー!」

追おうとする高橋を小嶋が止める。

「今は堪えるしかない」

自分たちを救うために盾となってくれた浦野を見過ごす訳にはいかない。
しかし二人を相手に戦える力は持っていない。
考えなしに飛びかかっても無駄死にするだけだとはわかっていた。
連れ去られる浦野に高橋は唇を強く噛み締めグッと堪えた。

「それじゃあお邪魔したね」

野呂はそう言うと胴に手を突っ込み広げた。
まるで何かの入り口のような切れ目がそこに生まれた。

「次会うときにはお互い万全でいきましょう」

「………………」

小嶋の中にいる前田に投げ掛けられた言葉。
前田はただ黙ってじっと睨み付けていた。

「『スタンド使いは引かれ合う』、またどこかでお会いしましょう」

野呂の作った入り口に大堀が入る。
それに連れられ浦野の体も入っていく。
そしてその入り口を中心とするかのように野呂の体も消えていった。

「ふー…」

小嶋は深い息を吐いた。
するとおもむろに懐から紙を取り出した。

「もうこの状態でいられない。この連絡先に助けを求めて」

そう言うと小嶋は糸が切れた人形のように倒れこんだ。
最後に差し出した紙切れだけがヒラヒラと宙を舞っていた。











.
野呂と大堀がゆっくりと階段を降りてくる。
浦野は覚束ない足取りながらも立ち上がり、高橋たちの前に立つ。

「シンディー…」

「いいから早く逃げな!」

今にも倒れそうなことは一目瞭然だった。
しかし彼女は意地で立っていた。
希望を絶やさぬように、射し込んだ光を守るように。

「今は逃げることだけ考えて!あなたたちなら止められるかもしれない!」

浦野が叫んだその瞬間、大堀の腕が伸びる。
まるで液体のようにドロドロになり、腕としての形状を留めてはいない。
しかしそれは浦野へと一直線に彼女の口を塞いだ。

「喋りすぎよ~一美ちゃん~」

液状の先が掌に変化し浦野の頬を掴む。
すると口を塞いだまま彼女の体が意図も容易く持ち上がった。
どれだけ暴れても離れない。
呼吸ができず意識が飛びそうになる。

「うぐっ………うりゃあッ!」

浦野が液体を殴り付けると本物の水のように音を立てて飛び散る。
持ち上げられていた体が床に落ちたが口を押さえた液体は離れなかった。

「うぅ……う……」

必死に引き剥がそうとするも外れない。
次第に頭痛が大きくなり手足が痺れる。
目眩と吐き気と共に視界が真っ白になるのを感じた。

「くそっ………」

浦野の体から力が抜け床に倒れる。
呆然と見ていた二人はようやく事の重大さに気づく。

「シンディー!」

高橋が浦野に駆け寄る。

「オラぁ!」

高城が大堀に殴りかかる。
しかし水を叩くように素通りするだけで手応えが感じられない。

「ふふふ、わたしには効かないわよ」

大堀の腕が伸び高城の首を掴むとそのまま壁にぶつけた。
激しい衝撃と首を締め付けられる苦しみが襲う。
満身創痍の高城に抵抗する力は残っていなかった。

ダメだ…力が出ない…

腕の力が抜けダラリと垂れ下がる。
高城も浦野と同じく意識を失う一歩手前まできていた。

たかみなさん…ごめんなさい…守れなかった…

目を瞑ろうとしたその時、自分の首に掛かっていた力が抜けた。
宙に浮いていた高城が地面へと落ちる。

あれは…

床に着くと同時に崩れ落ち倒れた視界に映ったのは小嶋の姿。

いや…違う…あれは…

高城はそこで力尽き意識を失った。

「あらら?これはどういうことなのかしら~?」

大堀が驚いたように言った。
隣にいた野呂も突如として目の前に現れた新手を睨み付ける。

「にゃんにゃん…?」

高橋が呟く。
確かにそこにいるのは小嶋。
しかしどこか違う。
高城のようにどこか雰囲気や空気が変わったのではなくもっと本質的な何か。
小嶋が小嶋でないかのような。
でもこの感覚は知っている。

「ちょっとだけ体借りるね、にゃんにゃん」

小嶋が呟く。
小さく微笑んだ顔は瞬く間に鋭い眼光を放つ。
それは目の前の二人に向けられて。

「驚いたな」

野呂が微笑を浮かべ囁いた。

「死んでも尚、AKBに執着するか」

高橋は野呂が何を言っているのか理解できなかった。
ただそれでも小嶋の異変はわかる。
そしてこの暖かく懐かしい感覚。
今までずっと隣にいた。
近くで支えていてくれた。
笑ったり泣いたりたくさんの思い出を過ごした。

涙が零れる。
あの日からぽっかりと空いた心の隙間。
もう会えないと思っていた。
過去の面影だけを追うしかないと思っていた。
会いたかったかもしれないではなく会いたかった。

「あっちゃん…」

高橋は目の前の小嶋に向かってそう囁いた。












.
「ん………うぅ……」

目を開く。意識を失っていた。
体を動かそうにも激痛が走る。負けたのだ。
敗北の瞬間の記憶が甦る。
高城のラッシュを食らった。
何発受けたかはわからないがそこからの記憶はなかった。

「目が覚めましたか?」

声の主は高城。
浦野のすぐ隣にいた。
壁にもたれ掛かっているのもおそらく高城が運んだのだろう。

「どうして止めを刺さない」

浦野は動かない体で目線を床に落としたまま言った。

「止めを刺す理由がないからです!」

「ッ!?」

浦野は耳を疑った。
しかしそれはハッキリと聞こえた。
殺す理由がない?そんなもの充分あるじゃないか
メンバーを襲い、その上彼女に対しては殺そうとした
命を狙われた相手に理由がないだと…?

「確かに怖かったです、痛くて苦しくて………でもだからといって同じ仲間の命を殺める理由にはなりません!」

同じ仲間……か…

「ふっ…」

浦野は小さく笑った。
まるで見たことのないものを見るかのような眼差しで高城を見つめる。

「負けたわ、わたしの完敗よ」

そう言うと彼女から殺気が消えた。
あれだけはりつめていた緊張が嘘のようにほぐれる。
もう完全に敵意は感じられなかった。

「それじゃあ質問に答えて」

高城の後ろから小嶋の肩に手を回し補助をしながら歩く高橋が口を挟んだ。
高城の元まで寄ると小嶋を降ろし質問する。

「これは一体どういうことなのか説明して」

高橋は横たわるメンバーたちを指さす。

「これはわたしの能力よ」

「能力?」

「ええ、特殊な能力。わたしたちは“スタンド”と呼んでる」

「じゃあその“スタンド”でみんなを?」

「一時的に眠ってもらってるだけ。すぐに目を覚ますわ」

高橋の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
不思議な力があることは認めざるを得ない。
目の前で実際に起こったことなのだから。
しかしそれでもこれだけの状況を整理するにはあまりに情報が多すぎる。

「でもどうしてこんなことを?」

「ある人からの命令よ」

「ある人?」

「秋元先生よ。あの人からの命令で大切なものを集めてるの。天国へ行くために必要なものをね」

さらに驚いた。
秋元という名が出たことにもだがさらに不可思議な単語が並ぶことに。

「あきちゃ分かる?」

「わかりません!」

即答だった。
あまり期待はしていなかったが反射速度と威勢の良さだけはは褒めてやろう。
だが自分もそんな状況だった。
何一つ理解できない。
全てが架空の作り話のように感じる。
できるならば夢であってほしいと切実に願う。
しかしこれは紛れもない現実。

「じゃ、じゃあ秋元先生が裏で何かを企んでるってこと?」

「企んでるなんてもんじゃない。世界を揺れ動かす…」

「口が過ぎるぜ、シンディー」

会話を遮るように声が発せられた。
観客席の最後列、ロビーへの扉からそれは聞こえた。

「負け犬だからって寝返りはよくねーなぁ」

ほどけた緊張が再びはりつめる。
そこにいた二人によって。

「佳代……恵………」

浦野が睨み付けた視線の先には野呂と大堀が立っていた。
不気味な笑みを浮かべて。

「逃げろ…」

「えっ?」

高橋が聞き直す。
浦野は体を無理矢理動かし立ち上がろうとする。

「無理だよ、そんな体じゃ立てない!」

「いいから逃げろ!二人だけでも全力で逃げるんだ!」

浦野が必死に叫ぶ。
しかしその言葉の意味を二人はわからない。
戸惑いの表情を浮かべ困惑する。

「いさぎいいのねぇ~一美ちゃん」

「秋元先生からの命令は敗者の抹殺だ」

野呂と大堀が共に歩きだす。

「死人に口なし、ここで全員死んでもらう」











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