心が澄んでいるとき、時の流れが穏やかに感じる。
忙しくて切羽詰まっているとき、精神的に滅入ってるときは、確かに周りも人の本質も見えにくいかもしれない。
大前提、自分自身を見失いがちかもしれない。
それでも見失わない人は、目の前の人の本質を理解することを諦めない人は、、
人として、人間として成長し続けることができるのかもしれない。
たとえば、忙しくて時間に追われ続けるうえ体に負担のかかる介護現場では、、
入居者様は自身を介護してもらうこと以上に、自身への理解を求める。
そんなときこそ人と人の間に築かれる信頼関係のために、健気さが必要であって、、
心を澄ませる必要があったりする。
心を澄ませることはそんなに難しいことじゃないかもしれない。
健やかで気さくと書いて、健気であればいいだけのこと。
そしてそれは、患者の病気を通り越し伝染していくばずだから。
私たちは人と人の間と書いて人間、、だからいつでもどこでも人と接している限りいくらでも人間としての成長の機会はある。
価値観や人生観が違っていても、みんな成長し成りたい自分になるというゴールを目指して川の流れを進んでいるから。
それに抗わなければいいだけのこと。
心が澄んでいればいるほど、時間の流れも人間関係も静かな川の流れのように穏やかだから。
炎天下の中でも、自然の流れに抗わず綺麗に咲き続ける花のように☆彡