テツになる勇気。

テツになる勇気。

テツってのはね、乗ってりゃいいってモンじゃない。撮ってりゃイイってもんでもない。スジって一人でニヤけていたら通報寸前w。
そう、テツってのは、語ってナンボなのよ(マジかっ

梶が谷駅で発生した田園都市線の衝突・脱線事故では、
公式発表として 「連動装置の設定ミス」 が原因の一つとして示されました。
しかし本質的に重要なのは、
この事故が閉塞方式の想定の“外側”で起きた問題だった
という点です。


■事故のポイント

回送列車は留置線へ進入する途中で自動停止し、
先頭は留置線側に入っているのに、最後尾だけが本線側に残る
という状態になりました。

ところが閉塞装置は、

  • レール上に車輪があるか(短絡しているか)

でしか列車の存在を判断しません。

今回の場合、
“車輪は留置線側にあるが、車体の一部は本線側に残っている”
という特殊な状況が起きたため、

閉塞:本線は空いていると判定
信号:青(進行)を表示

そして普通列車が信号通りに進入し、衝突に至りました。

これは 閉塞方式の思想そのものを超えたところにあるリスク であり、
“線路上から車輪が消えている=安全” という前提の穴を突く形になったと言えます。


■「冒進」にはマニュアルがあるのに、

「手前停止」には危険想定がなかったという盲点

鉄道では、列車が所定の停止位置を“行き過ぎる”(冒進)場合、

  • 信号扱い

  • 後続列車の扱い

  • 車両の後退手順

  • 運転士・指令の通告方法

など、細かいマニュアルが整備されています。

しかし今回のように、
「所定の位置より手前で止まり、かつ最後尾が別線区に張り出す」
という“逆パターン”の危険性については、

想定が薄く、ルールとしての明文化も不足していた

ここに、鉄道の“ソフト面の盲点”がありました。


■閉塞方式自体の否定ではなく、

「閉塞だけに頼った想定」を反省すべき事故

今回の事故は、
「閉塞方式がもう限界だ」と結論づけるべきものではありません。
日本の鉄道は長年、閉塞システムによって高い安全性を実現しており、
その枠組みは今も有効です。

問題は、

閉塞が検知できない状況が“現場で想定されていなかった”こと
その状況でどう振る舞うかのルールが未整備だったこと

であり、まさにここが反省すべき点です。


■ではどうすべきか?

現実解として考えられる方向性は「ソフト面の強化」です。

● ① 手前停止時の危険想定をマニュアルに追加

冒進対策が整備されているように、
“所定位置より手前で停止したとき”
に伴うリスクと対処を体系化する。

● ② 分岐器付近の“はみ出し”を、

 現場判断・指令判断の対象に

車両限界を超えて張り出す可能性がある区間では、
運転士・指令ともに明確なチェックルールを持つ。

● ③ 信号・連動装置の設定見直しを定期的に行う

今回設定ミスが長期間発見されなかった反省から、
更新後の点検フローを強化する。


■結び:

“技術の穴”ではなく、“想定の穴”をふさぐ段階へ

事故が示したのは、
閉塞方式の欠陥ではなく、
閉塞方式が“カバーしない領域”への気付きが不足していた
という現実です。

鉄道は多層的な安全の上に成り立つインフラであり、
今回のような特殊ケースこそ、
想定とルールのアップデートが求められる場面だと言えます。

閉塞に代わる新方式を今すぐ求めるのではなく、
今回明らかになった“ソフト面の盲点”を補強し、
想定外を減らすこと――それが現実的な第一歩である。

この事故は、鉄道技術そのものの限界ではなく、
「想定していなかった逆パターンをどう扱うか」という、
安全管理の成熟のための重要な教訓として位置づけられるべきでしょう。

 

 


関東ネタで。

 

本厚木。ありますね。小田急小田原線、通称、小田急線。そういえば、小田原線のことを小田原線と呼ぶ人見たことないです。大概、小田急線ですね。

野田線をアーバンなんとかどってんぽーラインとかなんとか呼ぶ人がいないのと同じ類でしょうか。いやいやそこは話の本筋ではなく。

 

この本厚木。

 

ついに先日、行く機会があり行ってきました。

職業柄、相模原とか厚木あたりってのは倉庫が多いよな的な印象が強く、でっかい倉庫やら建物がいっぱいあるイメージだったんですけど、行ってみると普通の住宅街でまあ。ちょっと拍子抜けです。

 

で、当然に仕事で行ったわけですが、行く前から、なんなら小学生時代から本厚木の存在は特別なものとして当時の私少年の記憶に刷り込まれていたんですね。ちなみに私は、野田線をネタにしている時点でだいたいその辺に住んでいるというのはお察し付くかと思いますが、そうなると県も違うし、なんで本厚木を知ってるんだという話になると思いますが、実際のところあまりそうはならないと勝手に思っています。

 

多分本厚木を知ってる人は周辺にも結構多い気がします。統計取ったわけではないですが。

なら、なぜ本厚木の知名度が千葉北西部で高いのか、AIにぶん投げて聞いてみました。

 

AI君もいろいろもっともらしい御託を並べて回答してくるんですが、ピンポイントの正解ってありませんでしたね。

厚木基地があって有名とか、遠すぎない別エリアの代表的な街だとか、ホントに適当な御託を並べてきました。星一徹がいたらちゃぶ台ごとひっくり返していただく事案です。わかってないなぁ。

 

正解は、常磐線各駅停車の東京方面の行先の半分位が「本厚木」行きだったから、その地名を目にする人が多かったって話ですけどね。ただ、今は小田急線と常磐線の直通運転をやめてしまったので、すべて代々木上原どまりになってしまってます。何年か前、小田急線の複々線工事が完了した時点からだったでしょうか。ようやく小田急の本丸、新宿への線路容量が増えたので、新宿に行かない地下鉄の直通運転に対する小田急側のありがたみが減ったから、が理由でしょう。結局は利用客より、鉄道会社の都合でものが決まる世の中です。直通運転も、アーバン何とか的な名前も。げふんげふん。

 

直通運転をしていたころは、最長で本厚木から取手まで直通運転をしていたので、通勤電車で最長区間を走破していた路線とも言われてましたね。鉄キチ少年だった自分は、いつかこの全区間を走破してみたいと思ったもんでした。

 

で、今回やってみましたよ。直通はないものの、常磐線から代々木上原までいって乗り換え、本厚木まで。さすが新線。路線もきれいで、ほとんど地下にも潜らず景色もいい。小田急君、頑張りました。特に地下化で沿線住民とだいぶこじれてましたけど、なんとか粘り勝ちしましたね、って感じです。

 

一方で、さすが通勤電車。代々木上原から千葉に至る帰りではもう座りすぎてケツが痛くなる。

仮に本厚木まで直通があったとしても、これはずっと座ってられない。体力的なもんもあるのかな。

 

そんなこんなで一日が終わりましたが、それでも長年の夢がかなったのはよかったですね。

強いてあげれば、本厚木、てっきり終点駅ということで車庫くらいあるんかと期待したんですが、留置線すらもなかったですね。ほんとに普通の中間駅でした。ここはガックシ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはそれとして。
機関車。

ノーマルな鉄道ユーザーにはあまり縁のない車両かもしれません。
通勤電車を利用してると、時々ゴォーーっと低くうなって通過する貨物列車にビビるくらい。え、なに今の音?ってスマホの手が止まる、あの瞬間です。

でも、それが機関車です。しかも、今日話すのはその中でも成人鉄道ファン専用マシーンEF81形のお話。
もうね、これに手を出したら戻れません。そう、鉄としては成人です。


■ 乗るのは高く、見るのは厳しく、買うのは沼。これが、機関車。

まず「乗るのは高く」──
ええ、いま機関車が引っ張る旅客列車なんて四季島とか、クルーズトレイン系。高級すぎて「乗る」じゃなくて「泊まる」みたいなノリ。
庶民が機関車牽引列車に乗れる時代は、もう終わったのか…?と一度は嘆いたものです。

次に「見るのは厳しく」──
新幹線みたいに駅ビルのガーデンから「あっ来たー!」ってパシャパシャできる代物じゃありません。
機関車を狙うには、時刻表だけでなく、「鉄仲間LINE」「ダイヤ改正の研究」「運用追跡アプリ」など、情報戦に身を投じる必要があります。
これはもはや、戦(いくさ)です。

そして最後が「買うのは沼」──
Nゲージ、そう、鉄道模型の深淵にして最大の落とし穴です。
新幹線を一編成買って満足していた初心者が、貨物機関車に手を出した途端に、「あれ?このコンテナも欲しい」「あ、このタンク車、赤いのとグレーの違いも揃えたい」といって、次々に車両が増殖
連結して並べて、気が付いたら机の上がまるで東京貨物ターミナル駅。まさに「シロウトはすっこんどれ」案件。
この「機関車依存」、あまりに危険なので、某年には「ギャンブル等依存症対策基本法」と並んで「機関車依存症対策法」も審議されるとかされないとか…(されません)

 

え?なに?ちょっと鉄以外には伝わらない?なら「おでんの具」で考えいっ!

おでんの具を買うのに、「あ、はんぺんいれなきゃ」「大根はマストだよね」「こんにゃく忘れないように」とホイホイ選んでいって、いつのまにやら鍋に入りきらない位に買ってしまった経験のあるアナタはもう十分素質アリ。

悪いこと言わないから、機関車は「買うな」どんとばーいっ

 


■ 朱色の大人:EF81形は交直流を超えた「調和の象徴」だった

さて、その魔性の機関車の中でも異彩を放っていたのが、1968年に登場したEF81形
この子がすごいのは、直流、交流50Hz、交流60Hzのすべてに対応できたこと。まさにマルチボルテージ系男子

このスペックが求められたのが、「日本海縦貫線」。大阪〜新潟〜青森を結ぶこのルートは、まさに電化方式のバラバラ市。
その混沌を涼しい顔して駆け抜けるのがEF81。朱色の車体で“3電化対応型”って、もう厨二設定が過ぎる。
初期型のローズピンク、ステンレスボディの銀色300番台、角目の450番台など、バリエーションも豊富で、それぞれがまた刺さるんですよ。

特に私が推したいのは、関門トンネル用の銀色ステンレス車。なんで銀色かって?
トンネルに染み込んだ海水でサビるから。それを避けるためのステンレス。機関車なのに、潮風との戦いに備えるとか、もうカッコよさが海を渡ってる。


■ そして今、EF81は去りゆく

EF81形は、1990年代まで長く活躍し、寝台特急「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」など、名列車を牽引してきました。
でも、その運用は次々と終了。2025年3月、最後まで定期運用のあったJR貨物・九州地区でもその姿を消しました。

現存は、JR東日本とJR貨物に数両を残すのみ。しかももう「定期」ではなく「臨時」や「回送」が主。
それも後継のE493系やEF510の導入が完了しつつあり、カシオペア運行終了の噂もある。
これはつまり、朱色の大人、ついに“社会的引退”間近なのかもしれません。


■ 最後に:あなたも、あの日見た朱色の機関車を、覚えているか

常磐線沿線で育った私は、朱色のEF81がゴォーーっと走るのを見て育ちました。
子供の頃は、それが「大人の世界の象徴」だなんて思ってなかった。
けれど今、あの頃よりほんの少しだけ大人になった私は、EF81にこう言いたい。

「ありがとう。君のおかげで、“大人鉄”になれました。」