- 世界から戦争がなくならない本当の理由/祥伝社
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読書メモ↓
・70年前に終わった戦争から、しっかりと過去に学び、反省をして、現在と未来に活かせる教訓を引き出す。なぜ、戦争を起こしてしまったのか、どうしてそれを食い止めることができなかったのか
・日本は、戦後70年を通じて、外国と戦火を交えることはなかった。基本的には平和な時代を過ごしてきた。でも先の戦争についてしっかりと総括ができたとはいえない
・ソ連は第二次大戦中にもっとも多くの犠牲者を出した国。その死者数は2700万人。その過ちを繰り返さないために、ソ連は二度と周辺国からの侵略を受けないための緩衝地帯を作らなければならないと考えた。そのために東欧諸国を社会主義化した
・アメリカは第二次大戦の勝利で、強烈な成功体験を得たが、その後の戦争はあまりうまくいかなかった
朝鮮戦争(1950~53)休戦したものの、朝鮮半島の緊張状態は続いている
ベトナム戦争(1964~75)初めて戦争に負けた
湾岸戦争(1991)多国籍軍を組織した
アフガニスタン戦争(2001~)泥沼状態に
イラク戦争(2003~11)泥沼状態に
・戦争の成功体験が次の戦争を招くだけでなく、反省しても、それがまた次の戦争の引き金になる、これがこの70年間の世界 「過ちを繰り返す、という過ち」そのために自分たちの過去としっかり向き合うことが大事。戦争の理由を知ることで未来を変えていける
・日本の70年前の戦争では230万人もの戦没者を出した。およそ4割は戦地での餓死や病死だった。国が無謀ともいえる戦争を始めたことで多くの兵隊が命を落とした。これはやはり国としての過ちだったと考えざるを得ない
・日本の戦争を裁いたのは、極東軍事裁判(東京裁判)。その前にも後にも日本人は自分たちの手では戦争責任をまったく裁いていない
・東京裁判は、戦勝国が敗戦国を一方的に裁くものであり、公平な裁判とは言えない。原爆投下や東京大空襲などのアメリカの行為は国際法に反する戦争犯罪だが、戦勝国として罪を問われなかった
・東京裁判の対象となった戦争犯罪の中には、事後法という「平和に対する罪」という罪状。後から作った法律を過去の行為に適用した
・以上の点から東京裁判はまっとうな裁判だったとは言えない。ただし、日本は裁判で戦争責任が追及されることを踏まえた「ポツダム宣言」を受け入れて降伏した以上、文句は言えなかった
・仮に東京裁判が理不尽なものだったとしても、日本に戦争の責任がなかったということにはならない
・戦争の名称さえはっきりしないのだから、それに対する反省が曖昧なものになるのも当然
・日本は戦争の総括を戦勝国に任せてしまい、自ら徹底的に反省しなかったことによる弊害
・ほとんどの日本人はアメリカを許した、とさえ思っていない。むしろ、軍国主義者だった日本を民主化してくれたことに感謝しているように見受けられる
・日本の有権者は国政は自民党に任せるけれど、野党に常に1/3の議席を与えることで、改憲はさせない。その結果日本国憲法は戦後70年守られてきた
・与党が改憲を訴える国など、おそらく日本以外にない。普通は与党が憲法を守り、野党が改憲を求める構図に
・女性が入っていたほうが平和志向になりやすい
・言葉をどう換えても本質的に自衛隊は軍隊と変わらない
・自衛隊は、アメリカの都合と命令で誕生した
・サンフランシスコ講和条約が発効した4月28日は、日本が主権を回復した日であると同時に、沖縄が日本から切り捨てられた日でもある。国土防衛のために沖縄が多くの米軍基地を引き受けるのは理不尽
・憲法も自衛隊も主体性なくアメリカの都合で押し付けれたからいろんなことがギクシャクしている
・中国と韓国が日本を許してくれないのは、中国は日本の戦時賠償を辞退した国(台湾が賠償を辞退した)のひとつであるから、台湾断交、中国国交正常化後日本はODAを提供してきた。韓国は日韓基本条約で賠償金問題は法的には解決済み
・韓国の反日スタンスは政治的なもの。朝鮮半島は、日本が去った後にアメリカとソ連がやってきて、それぞれ政権を与えられ、どちらも自力で独立をつかみ取っていない
・韓国は大韓民国臨時政府(在上海)が独立を勝ち取ったという神話を作り上げ、政府の正当性を維持するため、民族性を守るためにも反日が必要だった
・中国共産党も日本軍と戦って中国大陸から追い出し、人民を解放したことになっている
・客観的に見れば、日中戦争は日本の侵略戦争と言わざるを得ない。そこを認めないと国際社会の理解を得られないのではないか
・70年間日本はどの国とも戦争をしなかった。自衛隊員はひとりも外国軍を殺し殺されていない。憲法9条を堅持することで平和国家であろうと努めてきたことは誇ってよい
・戦後日本の安全保障はアメリカに振り回されてきた
・いちばん問題なのは、アメリカに振り回されているうちに、日本がますます物事を主体的に決められなくなっていること
・日本人は個人に原因を求めがち、。誰がやってもミスの起こりにくいシステム、誰が総理大臣をやっても戦争をしない国をつくることが必要
・アメリカは自分たちの戦争を反省して、負けない戦争をするためにの反省を活かしたのが湾岸戦争での国連のお墨付きを得た多国籍軍
・アメリカの勝利で終わった湾岸戦争は、10年後に起こる9.11同時多発テロの伏線に
・アメリカはソ連を懲らしめるためにアフガニスタンの反政府勢力を支援したことで、結果的にオサマ・ビン・ラディンというテロリストを育てた
・アメリカが中東に手を出すたびに、イスラム過激派が育ってきた
・米ソが選択したのは恐怖の均衡。双方が核兵器を持つと攻撃すれば自国も滅びてしまうのでお互いに相手国へミサイルを撃ち込むことができない「相互確証破壊」狂気をはらんだ危うい戦争回避方法
・アメリカとキューバの国交回復は本当の意味で冷戦が終わったことを示すもの
・かつての社会主義国の労働者たちが資本主義社会に流入したことで全体の賃金水準が一気に下がった
・湾岸戦争の成功がアフガニスタンやイラク戦争の失敗を招いた
・戦時中のメディアがより過激な言葉で煽ることで好戦的な世論が固まったことで日本は戦争の泥沼から引き返すことができなくなった
・BBCの会長(当時)は議会に「愛国心に関して、説教を受ける筋合いはない」
・ドイツは、第一次大戦の戦争で生じた経済的なマイナスを戦争で埋め合わせる道を選んだ。第一次大戦の戦後処理の失敗が第二次大戦を招いた
・ヨーロッパはドイツが鉄鋼インフラを戦争に使わないようにするための仕組みを考えた。それが欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)フランスとドイツの石炭と鉄鋼生産すべてをECSCの管理下に置いて両国間の平和を保とうとしたこれが後のEEC、EC、現在のEUの母体となった
・欧州統合の目的はフランスとドイツの対立をやわらげて戦争を再び起こさせないことにあった。二度の世界大戦の反省から生まれたのがEU
・冷戦終結後の世界は、イデオロギーの対立に代わって宗教の違いによる対立が目立つようになった
・ヨーロッパではユダヤ人に対する差別や偏見が根強くあり、その負い目からイスラエルの中東での残虐な振る舞いを表立って非難できない(ユダヤ教・キリスト教の関係もある)
・アフリカ分割の原則はベルリン会議(1884~85)で決まった
・ポルポト政権はの政策は、貨幣廃止・宗教は禁止。家族も解体。肉体労働がすべての基本で、知識人を抹殺し、教育を行わなかった
・ASEANは東南アジアの共産化を防ぐために作られたもの。ASEANにベトナムが加盟したことは冷戦の終わりを象徴
・国連安保理の常任理事国はいずれも第二次大戦の戦勝国。国連の英語は「連合諸国」
いまだに日本やドイツなどに関する敵国条項が残っている戦勝国クラブ。だがこれが戦後秩序の基本であり国連はそういう構造
・ヒトラーは、ワイマール憲法に定められたまっとうな民主的手続きによってドイツ国民から政権を与えられた。本当に怖いのは異常な独裁者ではなく、それを支える国民の熱狂
・ナチスドイツや旧日本軍のように、よその国や民族を一括りにして見下した態度を取るようになったら、その社会は非常に危険
・対米戦争で、開戦の責任がハルノートという過酷な内容の最後通牒を突き付けて開戦を決断せざるを得ない状況に日本を追い込んだという見方側面もある。日本には加害者でありながら、被害者でもあるという二面性もがある、これも戦後の反省を曖昧なものにした一因
・この70年間に起きた軍事衝突に深く関わってきたのは、世界中から反省を迫られた日本やドイツではなく、むしろ第二次大戦の戦勝国