8/15
今日は終戦の日ですが、これほど歴史というものに立場の違いによって複雑な感情を巻き起こす日はないものと思われます。
こういう時に知っておきたいのは歴史。これを紐解く時間が欲しいと思っていますが、なかなか出来てません。
時々ドキュメントを見たりしたときにふと思う程度のことなのですが。
人類の歴史は戦争の歴史です。
「世界中の人々が平和に暮らせるために、 戦争と国境ない世界 環境負荷の小さい持続可能な世界」
を「理想とする世界」として望んではおりますが、
現実的に核兵器はオバマ大統領のプラハ演説もありますし、その方向にいって欲しいものです。
ただし、人間はもっともっとを求めるもの。よりいいもの、性能が高いもの、これが別の悪作用を起こすものであってもそれを望んでしまうものです。
現在は、地球環境問題にしても経済問題にしても、何かを抑えて別のものを伸ばすバランス感覚が必要で、
軍事力に関してはこれをより効率化し、コンパクトにしないと、国家財政や世界のパワーバランスが破壊されてしまうのでしょうね。
軍隊や核兵器がない世界を望んでいますが、皮肉にもその危険な存在によって平和が守られている現実もあります。なくて使わなくて良い道具に過ぎないものによって。それが世界や社会の矛盾ですね。
さて、終戦の日に問題となる歴史問題ですが、興味ある論がありましたのでメモしておきます。
政治学博士のジェニファー=リンド 氏によると、
日本の歴史問題の本質は、日本が謝罪していないことではなく、国内の論争が生まれるということだそうです。
それを解決するのは「アデナウアーモデル」だと。
アデナウアー氏はドイツの戦後の首相で、そのモデルとは
「謝罪はしないが、過去の歴史をきちんと認める」
ことでドイツは自国の軍隊の創設とNATOへの加盟とヨーロッパ諸国の信頼を構築しています。
過去の戦争責任は、負えないし負う必要の無いことです。ただ、過去の事実を誇大でもなく過少でもなく知っておいた上で、未来に戦争を起こさない責任がすべての大人にあることが言えるのだと思います。