15年 | 飼うか食べるか魚釣り

飼うか食べるか魚釣り

田舎暮らし、ミニボート釣り、猫、海水アクアリウム、料理、競輪、音楽、中皮腫、etc.


2011年3月10日に右胸膜肺全摘術を受けました。

それ以来、片肺での生活を15年。

2010年12月に確定診断の病名告知を受けたときに、
「この病気の生存期間中央値は6〜8ヶ月です。」
と言われたにしては長く生きてこれました。


術後約5年で腹腔内に再発し、その後、抗がん剤が効かなくなって、標準治療を使い果たした状態になりましたが、いろんな選択肢を調べてつないでいるうちにオプジーボが中皮腫に承認され、生き延びてきました。

インフルエンザが流行する時期には人混みを避け、コロナ以前から二重マスクを着用したり、病気に対しては自分なりにうまく立ち回ってこれたと思っています(⁠^⁠^⁠)



コロナ禍中も徹底的に感染対策をして、できるだけ外出を避け、実家にも帰らず、人も招かず、手に触れるものは全てアルコール消毒し、スーパーで買って帰ったものは冷蔵庫にいれる前に除菌ウェッティーで拭きました。

なのに、、、徹底対策を緩めてしまい、一昨年の7月にコロナ感染、すぐに抗ウイルス薬での治療を希望し、症状はすぐに治まりましたが、少し時間をおいて後遺症を発症しました。

コロナ後遺症と診断され、紹介状をもらって大学病院の専門外来を受診したり、ネット検索で改善策をいろいろ調べたり、コロナ後遺症関連のYouTubeもあさるように見まくって、効くかも?と思える漢方薬やサプリメントを飲みまくっていますが、いっこうに改善してくれず、ほとんど寝たきりの生活を今も続けています。


失ったこの一年半、そしてこれからも続くこの暮らしを思うと、いくら後悔してもしきれません(⁠T⁠T⁠)



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昨年12月から今年1月に入院していましたが、その期間中に母が亡くなりました。

通夜、葬儀にも行けず、せめて49日法要は絶対行こうと考えていましたが、ろくに歩くこともできなくて断念しました(⁠T⁠T⁠)



実の母を見送ってやれないという不義理をしてしまいましたが、この一年半で父、母とも亡くなったので、親より先に逝くという不義理はせずにすみました。




先が見えなくて暗闇で動けない状態の今、足場のいい堤防釣りにすら行けず、島に移住した楽しみもないので、生きる目的は2つ。

ひとつはニイチを最後まで飼ってやること。
いまさら室内飼いできる猫でもないので、この場所、環境で生涯を過ごさせてやりたい。

あとは、突然コロナ後遺症が治ること。
たまにそういう症例があるらしいので、ただそれを願って根拠なく待つこと。



ということで、
ただただ寝転んでテレビを見ながら15周年を過ごしました(⁠^⁠^⁠)