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【震災遺構】岩手・大船渡の止まった時計と津波石 「人ごとではないと」

(1/2ページ) 津波の襲来を受け、3時25分を指したまま止まっている大時計。震災遺構として残す方向で検討されている=岩手県大船渡市(森本充撮影) 

津波の襲来を受け、3時25分を指したまま止まっている大時計,rmtssp。震災遺構として残す方向で検討されている=岩手県大船渡市(森本充撮影) 

 岩手県大船渡市は、「茶々丸パークの時計塔」と「吉(よし)浜(はま)の津波石」を保存する方向で検討している。「決して人ごとではないということを広く知ってもらえる契機にしてほしい」。保存の背景には住民らの切実な願いが込められている。

 大船渡駅前の茶屋前地区にひっそりと建つ大時計。津波の襲来を受け「3時25分」で時を刻むのを止めたままだ。住民らによると、この一体は商店が立ち並び、活気にあふれていた。大時計の周りはちょっとした広場で、ベンチも置かれていたという。近くで衣料品店を経営していた男性(73)は「憩いの場になっていた」と振り返る。

 だが、街は軒並み津波にのみ込まれ、壊れた大時計を残すだけとなった。男性も自宅を兼ねていた店舗を失った。昭和35年のチリ地震津波でも店を失い、今回で2度目の被災。現在は万一に備え、高台に置いていた倉庫で妻と暮らし、時折、大時計の周辺を確かめに訪れているという。

 男性は「見たくない人もいるかもしれないし、保存の方法は考えなければならないかもしれないが、だれの身にも降りかかるということを知る教訓に活用してほしい」と語る。

 大船渡市によると、大時計を含む広場は、直接の被災者がいないことなどから反対意見はなく、「震災の記憶を残してほしい」などとする住民の強い要望で保存の方向で検討しているという。

【震災遺構】岩手・大船渡の止まった時計と津波石 「人ごとではないと」

(2/2ページ) 津波の襲来を受け、3時25分を指したまま止まっている大時計。震災遺構として残す方向で検討されている=岩手県大船渡市(森本充撮影) 

津波の襲来を受け、3時25分を指したまま止まっている大時計。震災遺構として残す方向で検討されている=岩手県大船渡市(森本充撮影) 

 「キッピンのアワビ」で有名な吉浜地区。「津波記念石」と呼ばれる重さ約30トンに上る巨大石も、同じ理由で残す方向で検討されている。昭和8年の昭和三陸大津波で200メートル離れた海側から打ち上げられた。

 経緯などが彫られて置かれていたが、昭和50年代の道路工事で地中に埋められた。今回の津波で一部が露出、数十年ぶりに掘り起こされた。昭和の大津波も経験したという●(=木へんに指のツメ)(はの)木(き)沢(ざわ)正雄さん(84)は「津波の威力が分かる貴重な石だ」と説明する。

 吉浜地区では、明治の大津波で住民の約2割を失ったことから、これ以上、海側の低地には住まないという水準点を設け、忠実に守り続け、今回の津波では被害は比較的少なかった。

 ●(=木へんに指のツメ)木沢さんは「戒めは守らなければならない。今回の津波で、自然に勝てないことを学んだ。記念石も教訓にすべきだ」と語る。同市は大時計や記念石を防災教育に役立てたい考えだ。