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今朝は市場が休み。
ゆっくり起きて、ハチのゲージを掃除して、9時過ぎに上の娘を駅まで送りました。
「お父さん、いつもの東金駅では無く、外房線の大網駅までいい?」
まあ、チョットと遠くなりますが、
道すがら、昨日のJアラートの話から、近くのコンビニが閉店して非常に不便になった事、
「あれだよな、普段あった物が無くなると、すごく不自由に感じるよな」
「そうだよね、お父さんが市場まで行く道に、他にコンビニないもんね」
そうなんだよ、
「あ~~私、コンビニが無い生活なんて考えられないわぁ~~」
父ちゃんが子供の時は、村店が一軒有ったきりなんだぞ。
「そうなんだよね、良く生活できたよね、今の私なら死んじゃうな」
まあ、昔はそれで不自由しなかったんだよな。
「そうだよね、知らないって事は、幸せんなのかもしれないね」
そう、ホラ、お前の買った本に有ったろう、アフリカに行ってバッタの研究してる先生の話
アフリカから日本に帰ると、コンビニのおにぎりの選択肢の多さに、すごく幸せを感じるってやつ。
それも、しばらくすると慣れてしまって、何も感じ無くなった自分にカツを入れるために、ソフトラマダンをやって、日の有る内は飲み食いをしないでいると、
又、コンビニが輝いて見える。
結局、幸せって、相対的なもんなんだよな。
「アッ、それ解かる、そうなんだよね」
などと、話しながら、娘はアルバイトに向かいました。


そう、だから、里芋の煮ッ転がしでも、我が家は幸せなのです。
まあ、これは、別の意味でですが。