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千葉は雨です。
ふと、3月に亡くなった伯母の言葉を思い出し、考えています。
「私が死んだら、戒名も要らないし、葬式も身内だけでひっそりやって欲しいもんだ
どうせ坊さんや葬儀屋の儲けにしかなら無いからね」
もちろん残された子供たちは立派なお葬式を挙げ、伯母を見送りましたが。

法律的には、死亡届、24時間安置し,火葬許可書を市役所から貰って荼毘にふせばそれで良い訳で、
通夜も告別式も、戒名も要りません。
世界中で戒名を持っているのは日本人だけでしょうから。
他の国の人は,だからと言って天国に行けない訳でも有りません。
本来、仏教はお釈迦様が悟りを開く方法として、皆に教えた物ですよね。
悟りとは、病気や貧困、差別、欲望から来る苦しみから解脱した状態
葬式、法要をするための宗教では無かったはずです。

封建時代に農民を管理把握するために、檀家制度が出来て、
お寺で葬式を挙げる事に、誰も違和感を感じず、
先祖代々の墓を守る事が子孫の勤めとされてきましたが、
テレビで子供が居らず、自分の代で墓を守る人が居なくなるからと、
墓を無くす、墓じまいをする人が映ってました。
社会が変り、家の跡を継ぐ事が義務でも無くなりつつあります。
これからは戒名も無い仏様が増えるのでしょうね。
遺骨も散骨をする人が多いようです、そうするとお墓も無くなる。
昔からの考えが通用し無くなり、檀家制度の呪縛から自由になろうとしています。
お寺はどうするのでしょう?
葬式を、お経を読めばお金が入る、それこそ坊主丸儲けなんて時代は
近い将来なくなってしまうかも。
葬式仏教なんて言葉は22世紀には存在しないかも。

仏教本来の、悟りへの導きと言えば良いのか、檀家や地域の人たちに
仏教の意味を教えるお寺にならないと、先が無いのかな
今、そんな心の平安を得られるお寺を皆が求めてるのではないか
お坊さん自身が、葬式仏教から脱却しなければ日本の仏教に未来は無いような、
そんなことを考えていました。