
ある日の、我が家の夕飯です。
筍ご飯、今回のものは、母ちゃんが筍をアク抜きして、
薄く下味をつけて煮た物を、炊き込んだそうです。
ウン、アクは気にならず、ただただ美味しい。
上の娘に今日の筍ご飯はどうだと聞いたら、
「今までの中で一番美味しい」、と言ってました。
ウ~~~~~~ン、そうか、これも筍ご飯だよなァ
引っかかるんです。
確かに美味い、でも、素材の性(しょう)が抜けると言うか
筍のエグ味も又味だと思っていましたから、美味しいのだけど、陰影が無い味。
なんていうか、都会的、あるいは筍ご飯の左翼的味付け?
じゃあ右翼は?
そうだな・・・・・・・・・掘りたての筍を、皮をむいて刻んだら研いだお米と一緒に
薪で炊いたもの?これが最右翼ですかね
当然、まったくアクの無い物でなければ成り立ちませんが。
そんな筍も世の中には有り、何度か味わってます。
それを、まったく味付けもせず、昔からの炊き方で炊くとどうなるか?
これは一度味わってみたい。
もしかしたら、美味しく無いかもしれません。
それに対して、味付けをして、筍の性は殺しても、食べる人が美味しいと思う物が、左翼と言う事になるでしょうか。
皆さんが作る筍ご飯は、その間のどこかに入るわけですが。
ウ~~~ン、筍ご飯一つでも、作る人の感性で味付けは無限だナァ
「なに首をひねりながら、ご飯食べてるのよ?そんなに不味い?」
うん?いや、お、お、美味しいよ!
いかん、ややこしい事にならないうちに、ご飯を食べてしまいましょう。