伝説 ~第102号哨戒艇その11~ | 山本昭彦のブログ

伝説 ~第102号哨戒艇その11~

 

 

 

昭和20年4月27日。

102号はそれまでで最大の戦闘被害を受ける。

今日の記事は公式記録である戦闘詳報をベースに、

ネットで拾い集めた元乗組員の証言と

直接うかがった出口さんの回想を総合して記述する。

 

 

102号は海防艦数隻と共に輸送船団の護衛についていた。

船団は上海を出港して日本本土に向かっている。

すでに深夜に近い。海上には霧が出ていた。

護衛艦隊はその霧の中に浮上中の敵潜水艦を発見した。

艦隊はただちにこの目標に向かおうとしたが、

そのとき敵機が来襲した。

繰り返すが深夜である。

 

 

敵機はPBY3機と戦闘詳報に記録されている。

愛称を「カタリナ」と呼ばれた双発の飛行艇だ。

主に哨戒と偵察に使われた機体だが、

この戦争では海上に不時着した搭乗員の救助に大活躍している。

「アルキメデスの大戦」でも冒頭にそういうシーンがある。

隠密性を最大の武器とする潜水艦が浮上していた事情も、

これでおおよその察しがつく。

何らかの故障を起こしたか、あるいは艦内で病人が出たか。

3機のカタリナは、その救援のために飛来したのだろう。

だって真夜中だ。

目視確認が前提の偵察飛行をやる時間帯じゃない。

 

 

戦うなら敵を知れと繰り返し書いてきた。

そのためにも、

戦前の日本人はもっとジョン・フォードを見とくべきだったと

これも何度も言ってきた。

善良な開拓民の幌馬車が残虐なインディアンに襲われる。

もうだめだオシマイだと思った時、

ラッパの音も高らかに駆け付けた騎兵隊がアパッチを蹴散らす。

合衆国の軍隊の、戦いの精神を象徴する場面と言っていい。

危機にある味方を救うことが、何よりも英雄的な行動なのだ。

このカタリナがとった行動もまた、そのようなものだった。

 

 

カタリナは小型爆弾を数発投下したが、それはぜんぶ外れた。

これが普通の空襲なら、彼らはこの段階でとっとと引き上げる。

彼らにはもう「敵艦を沈める手段」がないからだ。

しかし、この3機はそうしなかった。

 

PBY=カタリナ飛行艇 

古い写真よかイラストのほうがディティールがわかりやすい。

機首に機関銃座が見える。

 

 

爆弾を落としてしまったカタリナに残された武器は機関銃だけだ。

彼らはそれを艦隊に向けて撃ちまくった。

機関銃では、敵艦を撃沈することはおろか、

有効なダメージを与えることもほとんど期待できない。

だが敵の注意を引きつけておくことはできる。

味方の潜水艦が安全に潜航して避退するまで、

日本艦隊を自分たちに引きつけ時間を稼ごうとしたとしか思えない。

 

 

夜間戦闘だ。

お互いに相手が良く見えない。

カタリナの搭乗員にとってはまったく見えないと言っていい。

護衛艦隊からは探照灯=サーチライトが照射されている。

私たちが暗い夜道で対向車のヘッドライトを見るのと同じ。

目は眩惑されて何も見えなくなる。

 

 

そんな暗闇プラス目くらまし状態の中でも、

ひとつだけ目標にできるものがある。

それは護衛艦が撃つ対空機関砲だ。

機関砲弾には4発に1発の割合で曳光弾が含まれている。

これは弾そのものが燃えながら飛ぶ。

対空機関砲は何もない空に向かって撃つのだから、

「何かよく見えるもの」を含んでいないと、

自分が撃った弾がどこへ飛んでいるのかも分からない。

だから曳光弾は昼間でも視認できるほど明るい光を放つ。

ましてや夜だ。

カタリナの射撃手は敵が撃ってくる曳光弾の射線を見て、

その発射地点らしきところに集中して弾丸を撃ち込めばいい。

そこに敵がいる。

 

 

102号が装備していた対空兵器 25ミリ連装機銃。

銃身基部の左右に座席が見える。手前に並んだ箱みたいなのが弾倉だ。

 

 

102号の主たる対空兵器は口径25ミリの機関砲だ。

一基の台座に二本の銃身がついている。

この一基の機関砲を操作するために必要なスタッフは7人。

本体の左右に座席がある。

銃座を左右に旋回させる操作員と、

銃身の仰角=上下角を操作して発射する射撃員がそれぞれ座る。

写真手前に並んだ弾倉=弾の入ったカートリッジの交換要員が

銃身一本につきふたり。

弾倉一個に詰められた弾丸は15発。8秒で撃ち尽くす。

だからふたりがかりで入れ替わり立ち替わり交換する。

これで6人。あとひとりが射撃指揮官だ。

 

 

指揮官は敵機の動きを視認して、

撃つべき方向と仰角を「座席」に指示するのが役目だ。

出口一等兵曹は、この連装機銃の射撃指揮官だった。

 

102号には数回にわけて対空兵装の強化が実施された。

下の図は就役時と終戦時の兵装配置の違いを表しているが、

写真は、その中間期に撮られたものであることがわかる。

出口一等兵曹の配置は一番煙突と二番の間。左舷右舷のどっちかは聞いてない。

 

 

カタリナが積んでいる機関銃は、

弾丸の直径が12.7ミリのやつと7.6ミリのやつ。

どっちも護衛艦に大穴を開けることはできないが、

人間の肉体を引き裂くには十分だ。

対する102号の対空機関砲員は生身をさらして戦っている。

 

 

次回に続く