このたび、私からすると「異色の雑誌」に「異色の書評」を書きました。30年来の友人である河明生氏の著書『日本跆拳道教本』(株式会社ITA、2023年、4400円)の書評を、格闘技・武道の専門誌『ファイト&ライフ』第101号(2024年4月号、株式会社フィットネススポーツ)に掲載したのです。

 

 河氏が自ら創始した新武道について、還暦を機にまとめた、熱く気合の入った本です。慣れない分野の書評で、こちらも気合が入りました。社会科学の紀要と異なり、Webで公開されるわけではないので、本ブログで紹介しておきます。ご笑覧ください。格闘技に興味がある人は、本屋で『ファイト&ライフ』を手に取ってみてください。

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 このたび、日本テコンドー協会(JTA)宗師範の河明生氏が自ら創始した「日本跆拳道」の教本をまとめた。 

 

 河氏は技量に優れた「武道家」だが、日本テコンドー協会の道場を全国展開し、全日本フルコンタクト・テコンドー選手権大会を主催するなど、一流の「経営者」「プロデューサー」でもある。『韓人日本移民社会経済史』(明石書店)、『マイノリティの起業家精神』(ITA)などを出版して博士号も取得し、マイノリティ企業家研究では日本を代表する「研究者」でもある。また『三島孝行犬物語』(amazon Kindle版)などを著した「小説家」でもある。そして忘れてならないのは、テコンドーやその他格闘技で多くの弟子を育て、大学で経営史の人気講義を担当するなど、「教育者」としても才能を発揮しているということである。

 

 本書は、稀有なマルチタレントが自身還暦の年、世に送り出した、まさに「異色」の教本だ。武道家、研究者としての経験と知見が全編に散りばめられ、武道だけではなく、歴史上の偉人の生きざまを学び、人生の指針を探ることができる。

 

 日本跆拳道は、著者が長年にわたり修練を積んだ極真空手と、型を重視する韓国発祥のITFテコンドーとを止揚した日本発祥の新武道であり、キーワードは「蹴美」(シュウビ:華麗で美しく威力ある蹴り)と「蹴武」(シュウブ:蹴りの武道)である。

 

 本書の「序」では、なぜ21世紀の日本で新武道「日本跆拳道」を創始したのか、「七大精神」とともに、熱く理念が語られる(七大精神は昇級・昇段審査の際、論文・作文試験の題材となる)。

 

 「第一章」では、動作表・動作写真付きで、蹴武の型「基本蹴り七種」が解説される。考案された七種は、著者の敬愛する日本の武将・武人や経営者を顕彰すべく「義家」「清衡」「謙信」「武蔵」「龍馬」「青淵」「南洲」と名づけられている。それぞれの解説には、命名の由来、宗師範の思いが付記されている。たとえば、昇級スタートとなる「7級黄帯型」の「南洲」には、出世後も清廉の姿勢を貫いた西郷隆盛の人生から学んでほしいとの願いが込められているのだ。

 

 「第二章」では「飛び蹴り型七種」について、やはり動作表・動作写真付きで解説される。ここでも七つの型は、「柳韓」「忠武」「若光」「乙支」「関羽」「張良」「聖徳」など、日本を含む東アジアの歴史的偉人から命名している。たとえば、二段昇進の課題となる「飛び捻り蹴り」の型に「忠武」と名づけられているのは、16世紀の朝鮮水軍を指揮した李舜臣から「国や民に対する清廉な忠」を継承してほしいとの思いからである。

 

 独自に練り上げた「基本蹴り七種」「飛び蹴り型七種」の名称から分かるように、河氏は清廉を重んじ、政治家であれ、経営者であれ、格闘家であれ、世に蔓延る「ズルい人間」「金に汚い人間」を嫌悪する。だからこそ、武道と企業家研究を通じて、清廉と公益奉仕の意味を門弟や学生に伝えてきたのである。

 

 「第三章」では、「約束組手」について、急所の防御・攻撃等、打撃系武道の伝統を継承しつつ、日本跆拳道の蹴美を体系化している。著者が考案した初級・中級・上級の計30の約束組手は、様々な技を合理的かつ体系的に、また安全に習得できるよう工夫されている。

 

 「結」では、「一つの道を極めようと欲する姿勢こそが他の分野での相乗効果を生み、幸せを可能にすること」を読者に伝えるため、社会にもまれ、もがいてきた自身の歩みを披瀝している(河氏激動の半生は、小熊英二他編『在日二世の記憶』集英社新書、2016年でも、さらに詳しく紹介されている)。

 

 本書はコンパクトにまとめられている。収めきれなかった内容は、古希に予定される本書改訂版に盛り込むというから、河氏はますます意気軒昂だ。

 

 2023年11月18日、河氏の還暦および本書出版の祝賀会が開かれた。大勢のゲストや門弟を前にした挨拶で、彼はこれまでの人生を振り返り、感謝の言葉を述べた。自分の家族・親類縁者の話、武道を志した話、ヤンチャだった頃の話、学問研究の話と続いた締め括りは、「日本国憲法」(「日本拳法」ではない!)の擁護と遵守、平和の大切さを訴えるものだった。

 

 日本跆拳道の理念には、北東アジアを含め世界の平和実現に資する人材の輩出が盛り込まれている。ただ強さを求めるのではなく、「武」の「道」を究め、社会に貢献することが目指されているのだ。本書は日本跆拳道の現在の到達点であり、中間的総括である。優れた指導者の下、今後も発展し続けることを願ってやまない。

 

 河明生氏祝賀会当日。その日は、障碍を抱えながらも稽古に通い続ける少女を表彰する機会も設けられていた。宗師範から記念品を授与された時、少々はにかみながら、その子の浮かべた笑顔が印象的だった。会場からの帰路、横浜の風は、肌寒くも、さわやかであった。