先週の土曜日、3年(ゼミ13期)のA君、H君、N君、T君と3時間ほど、トレーニングをしました。久しぶりの人もいたので、今日あたり、筋肉痛がピークかもしれません。でもオッサンの健康維持レベルのトレーニングですから、あれでヒーヒー言っていたのでは、この先、大変ですよ。体を動かす習慣、そして読書の習慣は、学生時代に身につけておかないと、おそらく今後身につくことはないでしょう。木、金、土と1日何時間も私と一緒にいるのは、季節柄もあり、暑苦しいでしょうが、たまにトレーニングに付き合うのも長い目で見れば、いいことかもしれませんよ。 「今日はミット撃ちはないんですか?」「やりたい?」「えっ、いや、はい、遠慮しておきます。」ということで、その日はミット撃ちなしで別れ、帰宅し、夕刊のテレビ欄に目を通していると、NHK教育テレビ午後8時からの「きらっと生きる」のところに釘付けとなりました。「誰でもできる空手を」とありました。そしてそこに懐かしいFさんの名前が。もうすぐ8時。バレーボールを観たいという娘二人の意向を「アホ!アテネに行かれへんことが決まったあとの消化試合なんか、まったり観てられるか。」と覆し、3チャンへ。おう、出てきた、出てきた。オッサン臭くなっているようですが、たしかにあのFさんです。11年前、空手道「洗心會」を立ち上げ、今では滋賀県下に門下生数百人を抱える総師範です。 知っている人は知っていると思いますが、私、高校、大学と空手を「たしなんで」いました。『空手バカ一代』を全巻揃え、読みまくり、空手に大きな関心を持っていました。高校の時は、某流派の道場に通いましたが、型の練習はせず、昇段審査も受けませんでした。浪人時代は近所を走るぐらい。大学に入り、A會舘に入門したわけですが、そこで出会ったのがFさんです。 Fさんは脳性小児麻痺の影響で、左手、左足が不自由でした。左手はきちんと伸びきらず、拳も握りきれず、左足も伸びきりませんでしたが、とにかく必死に練習しておられました。上背は私よりもありませんでしたが、がっしりとしており、日々の鍛錬が体に反映されていました。私の入門当初は茶帯でしたが、最初の組手(そこではサバキと称しました)では簡単にあしらわれました。ローキックや突きを何発ももらい、最後は体を入れかえながら、うまく「さばかれ」ました。彼はその後も精進を続け、黒帯にまでなりました。私が多少うまくもなりかけたころ、彼と組手で相対した時、体格やハンディなど「余計な」配慮をしつつ、ややセーブした突きを繰り出したところ、それを見透かしたかのように、彼は思い切り突き返し、蹴りこんできたのを覚えています。「遠慮は無用」と体で訴えてきたわけです。 Fさんは、九州から出てきて、道場近くの会社の寮に住んでいました。練習帰りにみんなでよく食事をし、いろいろな話しをしました。彼に誘われ一度だけ部屋に遊びに行ったことがあります。広いとは言えないところでしたが、そこにはトレーニング道具が置かれていました。ひとしきり空手談義で盛り上がりましたが、桂枝雀のポスターが貼ってあったので、「好きなんですか」と聞くと、ファンで気分転換によく彼の落語を聞いていると言ってました。もう20年以上も前のことなのに、そんなことも思い出しました。 「きらっと生きる」は福祉関係の番組です。Fさんが紹介されたのは、彼が自らの障害者としての経験を生かしつつ、障害者にもできる空手、空手を通じた社会参加、空手によるリハビリといったことを実践しているからです。番組を通じてはじめて、彼が幼い頃、障害を理由にいじめに遭っていたことを知りました。空手にあこがれ、練習を始めたものの、体が思うように動かない。健常者なら一回でできることが何百回と練習しなければできるようにならない。ならば、何百回とやろう。私と出会った頃というのは、動かなかった左手、左足が日々の訓練によって、それでも動き始めた時期だったようです。そう、空手は彼にとって大きなリハビリになっていたのです。 今では、空手に対する自分の理念を実践するため、自分の流派「洗心會」を立ち上げ、一般道場生のみならず、障害者にも空手を教えています。車いすの人にも技を教え、重度障害で立てない子に、それでも「立つ」感覚を覚えてもらうため、独自に器具を考案したりしていました。番組の1シーン、1シーンは、彼の昔を知っているだけに、私にとっては余計に感動的でした。「頑張ってるな。」「すごいな。」「よかったなあ。」いろいろな思いが交錯しました。 嫌なニュースが多くて気も滅入りがちですが、昔一緒に汗を流した仲間が、ああして頑張っている様子というのは、何て言うんでしょう、明日への糧のようなものになりますね。進学を決意して以来、道場からは足が遠のき、Fさんと会話することもなくなりましたが、彼がその後も空手を続け、空手を通じて自己実現するとともに社会に貢献しようとしている姿を観て、晴れやかな気分になりました。彼の蒔いた種があちこちで芽吹き、根を張り、大きな木となっていくことを遠くから見守りたいと思います。