ウクライナ戦争が泥沼化しています。停戦がいつになるのか、まったく見えてきません。
 前にも書きましたが、アメリカにとって、この状況は「悪くない」ようです。「悪くない」どころか、ひょっとすると「望むところ」なのかもしれず、この戦争は長期化する気がします。
 ここまでの展開から邪推すれば、アメリカは当初から、念入りに長期戦を想定していたのかもしれません。政府高官が本音を口にし始めているように、ウクライナ支援の主たる目的は「ロシアの弱体化」です。将来における中国との対峙に備え、まずは潜在的同盟国たるロシアを、今後簡単には戦争を引き起こせず、しかしながら、中国に完全に従属しない程度に「弱体化」させておこうという意図が見え隠れします。
ウクライナにとっては祖国防衛であり、失地回復なのでしょうが、今やウクライナは、ロシア弱体化に向けた代理戦争を、自国領土内で、自国民の命をかけて戦わされているのかもしれません。ウクライナ市民にとっては、たまったものではありません。
 2014年以後、アメリカはウクライナ軍に対する軍事支援・軍事訓練を実施してきました。現在、アメリカやNATO加盟諸国は、ウクライナに武器輸出(ドーピング!)を行い、アメリカはついに「武器貸与法」まで成立させました(歴史の教科書に埋もれたままでいてほしかったところです)。
武器の使い方が分からなければ、供与されても何の役にも立ちません。アメリカは時間をかけて、ウクライナ軍に対し訓練を行い「実戦」に備えさせてきたようです。中間選挙を控え、アメリカ兵を戦場に派遣することなく、ロシアの弱体化を進められたら、それに越したことはありません。アメリカは今のところ、まさにそれを実現できています。 
戦争が長期化すれば、軍需産業が潤います。武器・兵器(日本政府用語で言うところの「防衛装備品」)の在庫処分が進むとともに、先進兵器の見本市をウクライナという実戦会場で開いているような状況です。アイゼンハワー大統領が1961年の退任演説で警告を発した「軍産複合体」に、現代の私たちも十分注意しなくてはなりません。嫌な感じです。
 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が昨年12月に発表した報告書によれば、世界の軍需産業の2020年の売上高上位100社中、アメリカ企業は41社を占めます。上位5社は、ロッキード・マーチン、レイセオン・テクノロジーズ、ボーイング、ノースロップ・グラマン、ゼネラル・ダイナミクスであり、すべてアメリカ企業です。やっかいなことに、2021年の世界の軍事費は史上初めて、2兆ドルを突破しました(『週刊エコノミスト』2022年5月17日号)。草葉の陰でアイゼンハワーが嘆いているでしょう。 ロシアによるウクライナ侵攻後、アメリカの主要軍需企業の株価はS&P500を超える上昇率を見せています(同上)。株式市場は正直です。ESG、SDGsどころではありません。戦争の拡大、長期化による収益増をしっかり予想しているのです。軍需産業の収益が伸びれば、アメリカ政府は法人税収増加も見込まれます。軍事支援に伴う支出増の一部はそれで埋め合わせることができます。結構「悪くない」のです。
 ただし、兵器がここまで急速に大量投入されれば、戦後(何年先か、見通せません。核戦争なく、無事?戦後を迎えられるか……)には、ひょっとするとテロリストに渡った武器が各地で暴れ出すかもしれません。アメリカ政府も認めているように、まずは武器の供給を急いでいるわけですから、国境を越え、ウクライナに入った兵器がしっかり最前線に届いているかどうか、確認している暇はなさそうです。武器の横流しは、将来における現実的な懸念事項となる可能性があります。
 アメリカは、2020年代末までに中国による台湾侵攻が起こりうると想定しているらしい(それにしても、なんで今、アメリカは国務省のホームページから「台湾の独立を支持しない」「台湾は中国の一部」という記述を削除するのでしょうか)。そうだとすると、今般の状況は、やはりアメリカにとって好都合のように思います。 現在、アメリカは、同盟諸国を巻き込みつつ、ロシアの弱体化を図ると同時に、各国における軍事予算拡大に向けた雰囲気を醸成できつつあります。各種世論調査によれば、日本においても軍事予算拡大を是認する空気が漂って(つまり、見え見えの「ショックドクトリン」にまんまと引っかかって)いますから、GDP比2%突破は近いうちに達成可能でしょう。与党勢力は、参院選まではトーンを抑え気味にするでしょうが、それが終われば、しばらく国政選挙はありませんから、2%突破(そして憲法改正)に向けてまっしぐらです。中国との対峙に備え、同盟各国の軍事予算を拡大させておきたいアメリカは、平時なら政治的に困難なことをウクライナ戦争という「ショックドクトリン」で可能にしたわけです。やはり「悪くない」のです。
 アメリカは今回、経済制裁やウクライナ支援で西側の結束を見せつけたことも、中国への抑止になると見ているかもしれません。経済制裁はもちろん、発動する側にも負担を強います。でもアメリカは、世界最大の産油国にして、農業大国です。国内政治的には、確かにインフレが懸念されるでしょうが、国際的にはウクライナ戦争によってアメリカの交渉力が強まることも考えられます。「悪くない」かもしれません。 ただし、ロシアに対する経済制裁が効果的になればなるほど、(中国をはじめ)それを脅威に感じる国には、今後に備えた長期的対応策を探らせることにはなりますから、「見せしめ効果」は限定的、場合によっては逆効果をもたらすかもしれません。
 以上、総じて、アメリカにとって、戦争の長期化はけっして「悪くない」と言えなくもありません。邪推混じりながら、ウクライナ戦争の長期化を懸念する最大の理由がこれです。
 もちろん、ロシアも簡単に兵を引っ込めるわけにはいきません。大義名分をカメレオンのように変え、国内の情報を統制しながら、戦争を継続しようとするでしょう。ロシアからすれば、今回の軍事行動など、アメリカが歴史上、最近に至るまで行ってきたことと比べれば、まだしも緩やかという感覚なのかもしれません。プーチンなら、大量破壊兵器の存在を口実に、国連の合意を得ぬまま、子ブッシュが始めたイラク戦争(結局、大量破壊兵器は見つからず!)でいったい何人の民間人が犠牲になったかを確認するだけで十分だと言うでしょう。 ヒトラーの側に立ち、ソ連と戦ったフィンランドがNATO加盟を打ち出したことも、国内的には、プーチンの言う戦争目的を正当化する材料に使われるでしょう。経済制裁がどれだけ功を奏するかにもよりますが、こうしてロシア側から見ても、戦争は長期化しそうです。
 ウクライナでも、停戦のハードルがいつの間にやら上がっています。まずは停戦、とにかく停戦というのではなく、アメリカをはじめ西側各国からの支援に勢いを得て、ロシア軍の排除、失地回復まで目指すということになれば、戦争の長期化は避けられません。
実態としてはロシア弱体化に向けたアメリカの代理戦争の面があるにしても、「愛国者」としては、自国領土内で戦争が始まった以上、あとには引けない、追い返さなくてはならないということになります。欧米大本営もメディアジャックを敢行し、ゼレンスキーを持ち上げ、勇敢なウクライナ軍を讃えて、結果的に戦争継続を煽っています。アゾフ大隊なんて、つい先月まで、公安調査庁のホームページでネオナチと明記されていたのに、日本でも英雄に近い扱いですからね。
 そんなこんなの状況で、誠に憂鬱ながら、戦争が早期終結する状況にはないように思います。長期化すれば、世界は大変です。力のある国は経済制裁でも我慢比べはできるし、意地も張れるかもしれません。でも、経済基盤の脆弱な国はそうはいきません。世界の穀倉地帯で紛争が起きているわけですから、穀物価格の上昇は(投機的動きも出てきて)不可避です。国際的な支援がなければ、貧困国はたちまち飢餓に見舞われることになるでしょう。
 5月3日の『フィナンシャルタイムズ』で報じられたように、ケニア、ソマリア、エチオピアという、いわゆる「アフリカの角」では、干ばつや内戦、新型コロナのほかに、ウクライナ戦争が加われば、2000万人に飢餓のリスクが生じます。
 当事国それぞれの思惑で戦争が煽られ、長期化するなか、何かがきっかけで大量破壊兵器、とりわけ核兵器が使われるようなことがあれば、限定的使用にとどまる保証などどこにもありません。ウクライナ戦争泥沼化のリスクは全人類に及びます。