イギリスでは、EU離脱の是非を問う国民投票後、「大航海」ならぬ「大後悔」時代に突入したと言われています。離脱派による「Brexit」の決断は「Bregret」につながりました。見通し甘く国民投票という「賭け」に出たキャメロンは辞任。離脱をあおった政治家たちも、党首を辞任したり、党首選挙に出馬しなかったりと無責任ぶりをあらわにしています。「奴らに騙された」と今さら後悔しても「あとの祭り」です。 有権者の誤った政治判断・投票行動の結果、政府が誤った政策を遂行し、たとえば戦争や財政破綻などが生じた場合、最大の被害者は通常、有権者自身。にもかかわらず、なぜ有権者は、自らが被害者になるような事態を導きかねない判断をしてしまうことがあるのか。今年2月、『日本経済新聞』「経済教室」に掲載された国際大学教授・加藤創太氏の論説は、私にとって非常に興味深いものでした(加藤創太「有権者の情報不足解消を」2月5日付)。 有権者が判断を誤り自分自身を最大の被害者にしかねない投票をしてしまうのは、有権者の能力不足、端的に言って「馬鹿だから」なのか。浅はかにも、私などは「そうかもしれんなあ」と考えてしまうこともあるのですが、加藤氏によれば、問題の根源は有権者の「判断能力不足」よりも、判断をするための「情報不足」にあります。各国の有権者は驚くほど乏しい政治知識しか有していない。これが政治学者の実証研究によって明らかとなった現実です。有権者の政治知識がきわめて乏しいというのは、何も日本に限らないようです。 では「情報不足」の現状をどうするか。有権者が適切な政治判断をするのに必要な情報を得るうえで不可欠なのが「政府による徹底した情報開示」だと加藤氏は指摘します。そして政治情報を有権者にきちんと流通させるために「情報収集コストの引き下げ」の必要性を説きます。大きな役割を果たすのは、互いに競い合いながら、政治経済の現況、政府の活動やその評価を分かりやすい形で有権者に伝える「メディア」「シンクタンク」であり、「各種コミュニティ」の維持・発展も有権者にとっての情報収集コスト引き下げにつながります。 政治情報が伝わるには時間がかかるので、「政治プロセスに時間をかけること」そのもの(時間をかけずにどんどん「決めて」いくことではなく!)にも重要な意味があります(加藤氏は、長期にわたるアメリカの大統領選を例に出し、政治情報が国民に浸透すれば、ポピュリストのトランプが共和党の大統領候補になることはないだろうと述べましたが、この予想は外れました。この点は別に論じる必要があるでしょう)。 情報収集コストの引き下げにおいて、意外なようで重要なのが「ブランド」としての「政党」だと加藤氏は指摘します。公約の実現、政策の一貫性などを果たせる責任政党があれば、有権者はその「ブランド」を信頼でき、いちいち情報を集めなくて済みます。 加藤氏の論理は明快です。でも、この論理を日本の現実に照らし合わせたとき、暗澹たる思いに駆られます。「有権者の情報不足を解消する」ために重要だと加藤氏が指摘した条件が整っていないだけではなく、政治家やマスコミの状況を考えると、将来的にそれらを整えるのも容易ではなさそうだからです。選挙における争点隠し、公約破り、情報非開示、情報統制、政治活動の規制、教育への政治介入、コミュニティの崩壊、ソーシャル・キャピタルの格差などが横行・蔓延している日本では、有権者の情報不足は解消しません。結果的に「馬鹿な」政治判断をしてしまう可能性が大いにあります。 日本の現況を透徹した目で見据える加藤氏の論説は「多数者の専制」を抑えるための制度的措置の必要性で締めくくられています。民主主義という制度では、多数派が数の力に任せて自らの利益・欲求を押し通し少数派を抑圧する(ある民主主義制度の「内」にいる有権者が「外」にいる者を抑圧する)という事態が生じます。民主主義を「多数決による意思決定」に矮小化したい政治家にとっては大した問題ではないかもしれませんが、民主主義を健全に機能させ、民主主義を守っていくためには非常に重要な視点です。 「多数者の専制」による弊害を回避するには、ドイツにおける「戦う民主主義」にみられるように、たとえ選挙などで多数者の賛同を得たとしても、民主主義の基本的価値を侵すような立法は禁止すべきである。日本でも、憲法の根本に関わる原則までは変えられない。憲法学者の間では、こうした「憲法改正限界論」が通説である。至極まっとうな見解です。 マスコミの参議院選挙予想では、どうやら自民党の単独過半数、与党圧勝のようで、改選後3分の2以上の議席獲得の可能性も高いということです。十代の有権者の与党支持率が高いようですが、復古主義的憲法草案を作成しながら、選挙期間中はそれをひた隠し、参院選を乗り切ろうとする安倍政権の本質を見極めてほしいですね。今回の選挙結果を長く、重く受け止めることになるのは十代の若者ですから。日本の若者にとっての「大後悔時代」到来とならないことを願っています。

メッセージ
現地では【イギリスから】
(2016-07-20 01:21:00)

UK時間の朝5時頃、妻から「離脱が決まった、ポンドが130円台になった」と起こされたのを覚えています。ポンド建てで給料を頂いている身としては、なんだかすごく損をしたような(円建てでは損)気分でした。ユーロに対してもポンドは下げていたので、7月のマルタ旅行もなんだか割高な気分になりました。EU離脱についてメーカの視点から日々マーケットを見ています。短期的には急激にポンド安に進んだので、当社の製品(日本からの輸入)が割高になりました。しかし、そのままお客様に還元できない苦悩があります。お客様にとってはポンド安の影響で、国際市場において強烈に価格競争力が付いたといえます。主にロールスロイスといった大手ですが、その下請けにも恩恵はありそうです。中期的にはどのようなペースで離脱を進め、どのタイプ(スイス、北欧など)を参照してEUとの距離をとって行くかが問題になると思います。報道を見ていてもやはり残留はあり得ないと感じます。ここからは余談ですが、イギリス人と話をすると天気とBrexitの話題になります。離脱=経済にダメージ、残留=正しい選択、の体で話をすると「こいつ分かってない」と思われます。離脱の根底には「俺たちの税金がなぜふらっとやってきた移民に使われないといけないのだ」という不満があります。感覚の問題です。これは実際に見て話をしてみないと感じられない、少なくとも日経新聞とFinancial Timesからだけではつかめない。2紙定期購読していますが、そういった議論が少なく、結局は中流階級以上向けの新聞なのだと感じました。



RE:現地では【矢野】
(2016-07-25 10:07:00)

 「ポピュリズム」と言えば「批判」になっていると勘違いする「経済専門家」は、イギリスにも日本にも多いようです。



Brexit【桐生の男】
(2016-07-09 00:46:00)

いつも記事を楽しく読んでいます。Brexitは市場参加者としては、サプライズでした。各経済誌とも百花繚乱なことを書いています。さて「有権者の誤った政治判断・投票行動の結果、政府が誤った政策を遂行し、たとえば戦争や財政破綻などが生じた場合、最大の被害者は通常、有権者自身。」というところで、何かの本で読んだ欧州における負の歴史を思い出しました。かのヒトラーは極めて民主的なプロセス(選挙など)をへて生まれました。その後の悲劇を誰が予想できたでしょうか。先生のおっしゃる情報収集のコストの話以前の話でしっかりとした教育を行き届かせ、新聞に毎日目を通すくらいの見識が国民にあればこうした悲劇も避けられるでしょう。直接民主制をメインにしているわけではないにもかかわらず、安易に国民投票に走るのは政治家としては無責任です。Brexitによる今後のシナリオはどう考えますか?①考えにくいですがBrexitがBrigretになったので残留へ舵を切る②EU離脱によりイギリス経済が打撃を食らい経済パワーバランスが崩れる③離脱しても問題なく、独自の道を進む



RE:Brexit【矢野】
(2016-07-14 10:04:00)

 コメントありがとうございます(いつのまにか削除されていましたが、これより前にコメントいただいた「空飛ぶ~」さんもありがとうございます)。  今後の展開について「3つから1つ選べ」と言われても・・・。