新型コロナ禍もあり、最近では珍しいのですが、先週は休暇・出張で1週間ほど家を空けました。その、たった1週間のうちに、世界は大きく動きました。「いやな空気」に覆われています。ないと思っていた戦争が始まってしまいました。
 本当のところ、プーチンが何を考えているのか、どれだけ綿密に計画を立てていたのか、分かりませんが、ロシアによる今回のウクライナ侵攻は、第二次世界大戦でソ連が被った莫大な被害、冷戦終結後のNATO東方拡大に伴う懸念を勘案したとしても、一線を越える非合理的愚行だと思います。2014年と同じく、早期決着をもくろんだのかもしれませんが、泥沼化する可能性もあります。少なくとも、ロシアの侵略とそれに対する各国の制裁措置は、世界に長期的影響を与えそうです。時計の針が20世紀初頭に巻き戻されたかのようです。
 アメリカも、その他NATO加盟各国も、この段階でのウクライナ派兵は考えていないでしょう。どこまでの対抗措置がとれるか、注目されていたわけですが、事ここに及んで、エネルギーでロシアへの依存度が高いドイツ、イタリアなどヨーロッパ各国もSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア排除に合意しました。アメリカを先頭に主要各国は、プーチンをはじめとする要人の個人資産のみならず、ロシアの外貨準備凍結にも踏み切りましたから、通常の決済のみならず、通貨防衛策にも大きな制約がかかり、ルーブルの下落、ロシア国内の物価高騰に歯止めがかからなくなるかもしれません。
 SWIFT除外、外貨準備凍結は、ロシアの侵略に対し即効性はないかもしれませんが、時間の経過とともに、ロシア軍の被害拡大と相まって、プーチン政権へのボディーブローとなるでしょう。戦地に(訓練と騙されて?)連れていかれたロシアの若者の戦死が相次ぎ、各国の制裁が効いて国内の生活が苦しくなれば、反戦平和を求めるデモが頻発し、反プーチンの動きも高まるかもしれません。
 一部報道によれば、1月末、全ロシア将校協会なる組織がウクライナ侵攻反対、プーチン辞任要求を内容とする公開書簡を出していたといいますから、必ずしも軍が一枚岩とは限りません。大義名分を欠いた戦争との認識が国民の間で広がれば、プーチンの権力基盤は揺らぎます。そうなると、窮鼠猫を嚙む。焦るプーチンが本当に核兵器を使うような場面がないとは限りません。
 そして経済という、本質的には「Win-Win」の関係にしうるものを「制裁」のツールとすれば、「される側」だけではなく「する側」も返り血を浴びます。新型コロナパンデミックに伴う財政拡大により、ただでさえインフレ基調となっているところに、戦争と制裁措置の応酬ですから、世界各国で経済の停滞、物価上昇が懸念されます。 当然、金利上昇も念頭に置かなくてはなりません。そうなると、大変なのは、日本です。主要先進国で最大の累積財政赤字を抱え、異次元金融緩和をダラダラ続け、出口戦略を口にすらできない状況ですから、今後の経済運営は至難の業です。 ウクライナ情勢、ロシアの動きは当然気になりますが、私がそれと同じぐらい危惧しているのが国内右派勢力のはしゃぎようです。ここぞとばかり、ロシアのウクライナ侵攻を他山の石とし、日本の防衛力を増強せよと、先々代首相・安倍晋三などは、核シェアリングまで叫んでいます。自己都合で二度も政権を放り出したにもかかわらず、マッチョな妄言を繰り返しています。
 そもそもプーチンの増長に責任の一端を負うはずの男がウクライナ情勢に乗っかって、敵基地攻撃どころか、核保有まで口にしています。クリミア侵攻の際、ロシアに厳しい態度で臨む欧米各国に対し、「シンゾウ=ウラジミール」の蜜月関係を演出し、30回近くも首脳会談を行ったのが先々代です。北方領土返還に道筋をつけ「レガシー」としたい一心だったのでしょうが、「愛僕主義者」とその取り巻きによるパフォーマンスに注意を怠ってはなりません。 実質的にどこまで堅持されているかは心許ないですが、日本には「持たず・つくらず・持ち込ませず」という非核三原則の建前があります。先々代は、この建前をかなぐり捨てようというのです。どうせ建前なんだからということなのかもしれませんが、核シェアリングを現在の世界、なかんずく現在のアジアの情勢下、口にすることをどう考えているのでしょうか。
 軍事評論家・前田哲男氏によれば、核シェアリングはドイツ、ベルギー、イタリア、オランダなどで行われていますが、管理権限も使用権限も、各国ではなく、アメリカにあります。そこにあるから各国が自由に使えるわけではありません(そもそも、どう使えば「国を守る」という目的を達成できるのか、分かりませんが)。また、NPT(核拡散防止条約)締結以前の配備ゆえ追認されているもので、日本が新たに核シェアリングに関与することは合法なのか、アメリカがそれを認めるのか、そもそも日本国民がそれを望むのかという問題もあります。 さらには、これも前田氏が指摘する通り、公然たる核シェアリングが中国、北朝鮮、ロシアを刺激するのは間違いありません。兵器というのは、こちらが配備すれば、相手によるそれに応じた(それを上回るレベルの)配備を促すものです。ウルトラセブンのギエロン星獣の回でモロボシ・ダンが語ったように、「血を吐きながら続けられる悲しいマラソン」なのです。
 非核三原則は堅持されなければならないだの、唯一の戦争被爆国として核保有国と非保有国との橋渡しに努めるだのと「エクスキューズ」が付け加えられますが、先々代にとっては、ゴミ箱行きの「おまけ」のようなもの。当代の首相が参院選を控え、隠蔽と尻ぬぐいに一生懸命ですが、核保有と敵基地攻撃の本音は隠しようがなさそうです。国民が相変わらずのプロレス感覚、ゲーム感覚にどっぷりハマっていれば別ですが。
 新型コロナが蔓延し、気候変動の影響が世界各地でみられるようになっている今、まさにグローバルガバナンスの再構築が求められているとき、各国で解き放たれた「自国ファースト」の「いてまえ路線」が拡張し続け、多角的協調が遠のきつつあります。危険な兆候です。
 第一次世界大戦がスペイン風邪を世界に拡大させました。今般のロシア・ウクライナ戦争がまた感染症拡大の大きな要因になるかもしれません。兵士は塹壕やトーチカで密になり、市民は避難先の地下鉄駅や地下室で密になります。ロジスティクスは戦争優先ですから、戦争が拡大・長期化すれば、たとえ変異株適応のワクチンや新薬が開発されたとしても、必要なところには届きません。犠牲になるのは、いつも一般市民、特に弱者です。
 この状況に直接フォーカスしたわけではありませんが、問題意識は通底しているはずの論文を書きました。『高崎経済大学論集』64巻2号(経済学部O教授退職記念号)に寄稿した「『埋め込まれた自由主義』の再検討と『多角主義』への示唆」というものです。近日中に、高崎経済大学のリポジトリにアップされると思います。関心のある方はご一読ください。
【最近いただいた本】
☆尾上修悟『コロナ危機と欧州・フランス―医療制度・不平等体制・税制の改革へ向けて』明石書店、2022年、2800円;
  尾上先生がまたまた著作をまとめた。毎年のように本を出し続けている。今回の内容はタイトルのとおり。 「今回のコロナ危機は政治、経済、社会のすべての面を含めた複合的危機の様相を呈したと言ってよい。そうであれば、この危機から真に脱出するには経済復興だけで済ます訳にはいかない。」 本書の根底には、こういった問題意識がある。私がただいま翻訳中のイアン・ゴールディンの原著にも通じる。元いたところに戻るなんて、とんでもない。元いたところが今の状況の原因になっているとすれば、必要とされるのはラジカルな改革だ。