前にも述べた通り、8月5日(日)、オープンキャンパス後、ゼミの前期打ち上げ行事を行いました。そこでは、進路・就職オリエンテーションに先立ち、各学年の「夏休みの課題」を提示しました(後掲参照)。 2年生には、初心を忘れるなと伝えました。自分なりの思いをもって入ゼミしたはずなので、初心を忘れず、ゼミの様々な課題に真摯に向き合い、自分を成長させてほしいと。ゼミに「所属する」だけでは何も生じませんからね。 3年生には、この夏休みの重要性を伝えました。合同ゼミ、就活、進級論文など、3年の後期は重要テーマが目白押しです。夏休みはその準備です。日頃何もやっていない学生ほど、業者に煽られ、インターンシップだ、OB訪問だと慌てるけれど、矢野ゼミ生なら、まずは課題に取り組めばよし。「ためにする」ワンデーインターンに行くぐらいなら、9月のTOEICに備えろ、合宿用テキストを熟読しろ、コラボゼミの対象企業を研究しろ、どうせやるなら休み中に行われるIRセミナーに足を運んで投資家と一緒に話を聴け、と言いました。 4年生には、就職内定で浮かれるなと言いました。君たちはまだ何も成し遂げていないと。本ゼミに、もし他のゼミと違う特徴があるとすれば、それはコラボゼミでも、合同ゼミでも、TOEICチャレンジでもなく、「進路内定後の時間の過ごし方」だと伝えました。これから卒業するまで、4年生には、いったん就職してしまえば、リストラに遭うか、定年退職でもしない限り、得られないような時間がある。それをどう使うかで、大げさな話、人生が決まるよと言いました。人生の問いを立てよ、その中間的総括を卒論で示せ、読書と運動の習慣を身につけろ、と。何人の人が真に受けてくれるか、分かりませんが。 2年生の夏休みの課題図書は、吉田裕著『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書、2017年)としました。戦後73年がたち、生き証人の数が減少するとともに、若者が戦争の実態に触れる機会はどんどん少なくなっています(NHKは良質の番組を作り、今年も頑張って放送しましたけどね)。政治権力の介入とともに、学校教育の場では、教員が反戦・平和を語ることすら「偏向教育」のそしりを受けることが珍しくありません。今に始まったことではありませんが、わがゼミ生でさえ、第二次世界大戦について、あやふやな知識しかなく、アジア蔑視の雰囲気を醸し出す輩さえいます。 こういった事情から、2年の課題図書には、戦争や戦後をテーマとする本を選ぶことが多々ありました。ヴィクトール・フランクル『夜と霧』、島本慈子『戦争で死ぬ、ということ』などです。今回は、右翼からいまだに美化されがちな皇軍兵士が実際にどのような境遇に置かれたのかを明らかにした吉田裕『日本軍兵士』を夏季課題図書としました。 第二次世界大戦における日本の戦死者は、軍人・軍属・市民を含め、約310万人に及びます(アジアに目を向ければ、中国軍・中国民衆の1000万人を筆頭に合計1900万人以上の犠牲者を出したと推計されます)。驚くべきは、310万人の戦没者の大部分が、1944年夏、サイパン島陥落以後の「絶望的抗戦期」に亡くなっているということです。月別・年別の戦死者数をきちんと把握できるアメリカと違い、日本政府は年次別の戦没者数を公表していない(集計すらない!これも驚くべきことです!)ので、信頼できる研究、各種統計などからの推計となりますが、戦争責任の回避と国体護持にこだわった日本政府・軍部が戦争終結に踏み切れなかったため、これほどの死者を出してしまったわけです。 吉田裕『日本軍兵士』は、大量の戦没者を出した「絶望的抗戦期」の1年に焦点を当て、戦場の実相、兵士の直面した苛酷な現実を明らかにしました。節の題名をみるだけでも、吉田氏が何を示したかったかが分かります。 「膨大な戦病死と餓死」(文字通りの「戦闘死」以上に!)、「海没死と特攻」(非科学的で無謀な装備・作戦による落命)、「自殺と戦場での『処置』」(「戦陣訓」中の「生きて虜囚の辱めを受けず」の実践!)、「体格・体力の低下」(徴集率の増大、知的障碍者の苦悩、結核・虫歯の蔓延―戦える兵士がいなくなっていた!)、「栄養不良と排除」(配給の悪化、略奪の指南)、「病む兵士の心」(PTSD、戦意喪失、それを抑えるための「ヒロポン」「覚醒剤」の多用)などなど。 つまりは、近代的装備の米英正規軍に対し、そもそも戦えるような状況ではなかったということなのです。にもかかわらず、非合理的な精神論、責任の所在が明らかでない意志決定=無責任体質が戦争を長引かせるとともに、死ななくてもよい命を失わせたのです。こうした本を読めば読むほど、当時の日本政府や軍部の組織構造・組織原理が、根本的なところでは何も変わらず、今に至るまで日本社会に蔓延しているのではないかと思えてきて愕然とします。戦後民主主義を過小評価するのは誤りでしょうが、東日本大震災や原発爆発後の対応、安倍一派による昨今のドタバタ、スポーツ関連の不祥事、企業のデータ改ざんや不正会計処理などを見るにつけ、この国のエスタブリッシュメントは何も変わっていないのではないかという暗澹たる気持ちになります。 「社会科学」の究極の目的は、戦争と貧困の撲滅です。ゼミで社会科学の一端を学ぶことになる28期生には、このことを認識していただきたく、『日本軍兵士』を夏の課題図書としました。これも最近話題になっている鴻上尚史『不死身の特攻兵―軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書、2017年)と併せて読めば、理解が深まるでしょう。当時の組織構造・組織原理は、現在のブラックバイト・ブラック企業に通じます。ゼミ生には、「離脱」も「発言」も禁じられ、上から「忠誠」のみを強いられることのつらさ、そして、そんな組織の脆弱性をも学びとり、政権与党の総裁を右翼Aか右翼Bかで選ばなくてはならない日本において、それでも豊かな人生をまっとうするための一助にしてほしいと思います。《2018年度夏季休業中の課題》【2年生】①課題レポート:テキスト(吉田裕『日本軍兵士』)を熟読したうえ、感想文をまとめなさい。②就活文庫シリーズ1(28期生用)各自1冊読破。③9月9日第233回TOEIC受験準備:経済学部2年生必須の課題。④(任意)後期「基礎演習」輪読予定テキスト(遠藤環ほか編『現代アジア経済論』有斐閣ブックス、2018年、2700円)の通読。【3年生】①M. Steger, Globalization: A Very Short Introduction, pp. 48-61の熟読とレジュメ作成(各自)。②夏合宿課題テキスト(遠藤環ほか編『現代アジア経済論』有斐閣ブックス、2018年、2700円)熟読・レジュメ作成。③高大コラボゼミ企業訪問(8月10日)の準備(どこまで「その後」に生かせるか?「最新決算報告」の内容を把握したか?日経テレコン等で記事をチェックしたか?羽田クロノゲートや物流の革新については調べたか?)④(任意)9月9日第233回TOEIC受験準備。【4年生】①高崎経済大学経済学部矢野ゼミナール卒業論文集『経済学研究年報』第26号(2019年3月刊行)所収の卒業論文執筆に向けた研究。②上記夏合宿課題テキストの熟読。③(任意)9月9日第233回TOEIC受験準備。④(任意)日商簿記3級(以上)取得準備:「自然言語」「人工言語」「会計言語」の話を思い出せ!⑤(任意)高崎経済大学経済学会主催「学生懸賞論文」への応募準備:どうせ卒論書くんだから。