学会出張で沖縄に行ってきました。初めての沖縄です。金曜日の授業とゼミを休講にして、10日、11日と那覇に宿泊。12日に帰ってきました。 あくまでも学会出張ですから、「リゾート感覚を楽しむ」というわけにはいきませんでしたが、それでもなるべく時間を見つけ、「沖縄」を体感しようと試みました。 10日、空港からは「ゆいレール」で那覇市内へ。ホテルにチェックイン後、ふたたび「ゆいレール」で首里城へ向かいました。首里城の復元は、プロジェクトXでも取り上げられましたが、あの紅い色を初めて目にしました。首里城そのものもですが、あそこから見た海の風景も印象的でしたね。 10日夜は、京大のI氏、大阪市大のT氏と国際通りの店で食事。安くてうまい沖縄料理を堪能しました(ウェイトレスはなぜか滋賀県の子でした)。 11日の朝。ホテルの朝食バイキングの会場で、本学名誉教授S先生夫妻に偶然お会いし、しばらく話し込みました。本学を定年退職後、請われてD文化大学、N国際大学に続けて奉職。今は教職からは完全にリタイアしておられます。82歳。まだまだお元気です。 学会は共通論題から参加することにして、午前中は、ひめゆりの塔と摩文仁の平和祈念公園を回りました。両方とも是非今回立ち寄りたかったところです。タクシーで40分ほど行ったところに、ひめゆりの塔、そして資料館がありました。日本で唯一、地上戦が闘われた沖縄。知識としてはもちろん知っていることですが、様々な資料、インタビュービデオに接すると、あらためて沖縄戦の悲惨さを実感できた気がします。「ひめゆりの塔において、生存者が行なう証言は退屈」などという内容の文をA学院高等部は入試で出題したらしいですが、「感覚」を疑いますね。 平和祈念公園では、やはり「平和の礎(いしじ)」に心を動かされました。沖縄戦で命を落とした人たちの「固有名詞」を、沖縄の人々のみならず、米兵も含めてすべての人たちの名前を刻んだ平和の礎を前に、背筋を伸ばさずにはいられませんでした。亡くなったのは、親も兄弟姉妹も友人もいる、具体的に生きていた人たち。「戦死者」という集合名詞で括ってしまっては忘れがちなこと、生きていれば何事かをなしえたであろう人たちの無念の声が刻まれた、ひめゆり平和祈念資料館、沖縄県平和祈念資料館、平和の礎を訪問できただけでも、今回沖縄に行った意味があります。 学会には共通論題から参加しましたが、ひめゆりの塔、平和祈念公園を回った後で聴いたこともあり、それぞれの論者の話は、右の耳から左の耳へと見事なぐらいに通り過ぎていった気がします。 懇親会の2次会・3次会(!)・4次会(!!)は、今回の学会運営でお世話になった琉球大のTさんを囲んでの飲み会(Tさんのお兄さんは、首里城の復元に際し中心となって動き回り、プロジェクトXにも出演した方です)。地元の人しか行かないであろう店をハシゴさせていただきました。ヤギの刺身は珍味でした。