日本で規制緩和の嵐が吹き荒れるようになってから、どれぐらいの時間がたつでしょう。闇雲な規制緩和や民営化の弊害を真正面から取り上げた初期の事例は、内橋克人+グループ2001『規制緩和という悪夢』(文藝春秋社、1995年)あたりでしょうか。航空業界をはじめ、アメリカの「失敗」例を調査しつつ、平岩レポートや政府の規制緩和計画を批判したものです。その後様々な研究書やレポートが出ました(スーザン・ジョージの『オルター・グローバリゼーション宣言』作品社、2004年、国際調査ジャーナリスト協会『世界の〈水〉が支配される―グローバル水企業の恐るべき実態』作品社、2004年、等は必読!)。 最近では、わが恩師・本山美彦先生が、民営化の行き着く究極の形態を批判して『民営化される戦争―21世紀の民族紛争と企業』(ナカニシヤ出版、2004年)を著され、日本で進む規制緩和の背後にアメリカの戦略を見て取る『売られ続ける日本、買い漁るアメリカ』(ビジネス社、2006年)をお書きになりました。ともにベストセラーです。日本の経済発展を制度的に支えてきた「労働」や「金融」の様々な規制は次々と取り払われ、もはや風前の灯火。本山先生によれば、次なるターゲットは「医療」です(アメリカ・日本双方の医療制度に詳しい李啓充氏の本やレポートは必読です)。 今の世の中、規制緩和がありとあらゆる分野で幅を利かせていて、これに抗するなど不可能なぐらいの勢いです。経済特区だ、株式会社参入だ、市場化テストだ、という声があちこちで聞こえてきます。「経済学」と名の付くものを研究しているのに、規制緩和に反対するなど馬鹿者扱い。「トンデモ経済学」の伝道者として取り扱われます。 たしかに、国家がなんでもとり仕切って、がんじがらめに規制をするなど、よいことではありません。「官から民へ」は必然的な流れでしょう。しかし「民」とはだれのことでしょうか。現在までの流れを見ていると、その「民」は必ずしも市民の「民」、地域住民の「民」ではなく、民間大企業の「民」が念頭に置かれている場合が多いようです(規制緩和を推進する委員会のメンバーに都合のいいように規制緩和が行なわれているのではないか、自分にとって都合の良い新たなビジネスチャンスを生み出すように規制緩和を推進しているだけではないかという批判が爆発!オリックスの宮内氏を事例にして『月刊現代』に連載されています)。 資本主義の歴史を振り返ってみると、本当なら様々な形の規制が施されるべきはずの「金融」は、今やどんどん自由化されています。金利や業際への規制がどんどん撤廃され今日に至っています。この自由化の波に乗り、消費者金融業界は今や花盛り。都銀や外資も参入する一大ビジネスに成長しました。でも、いろいろと怪しい部分はあるようで、業務停止処分、金融庁による立ち入り検査といったニュースのネタには事欠かない状況です。 私、今日のニュースを見て、仰天しました。消費者金融10社(アコム、アイフル、武富士、プロミス、三洋信販等、大手5社含む)が、債権回収のため借り手全員に生命保険をかけている(消費者信用団体生命保険)ということ、大手5社で支払を受けた件数が昨年度1年間でのべ3万9880件あり、このうち現段階で自殺によるものと判明しているだけで3649件に上ること、支払を受けた件数には死因が分からないものもあり、自殺による債務支払件数は全体の20%にのぼる可能性のあること。消費者金融側は、遺族に死亡確認をせず保険金を受け取っている場合もある。また、借り手が死亡しても保険金で債権を回収できるということが厳しい取り立てを誘発しているとも言われているらしい。驚きのニュースです。 借金の取り立てのすごさ、追い込まれた多重債務者の自殺は、テレビや新聞で取り上げられ、社会問題化しています。現在検討されている貸金業規制(出資法の上限金利の引き下げ問題)は、もちろんこうした事情を背景としているものですが、規制はまさに「骨抜き」にされようとしています。政府・与党は、「少額・短期」の融資に限っては「特例」として高利融資を認めようとしているのです。借金の取り立てにあい、生活が崩壊し破産や自殺に追い込まれる人たちが続出する事態を受けて、サラ金業界への規制、金利引き下げを議論してきたはずなのに、金融庁からは業界側に妥協した案が出されてしまいました。後藤田正純金融担当政務官はこれに反対し、辞任するそうですが、それですむ問題でしょうか。 企業にもよりますが、日本の製造業で、たとえば年間利益5%をあげようとすれば、至難の業です。ところが、消費者金融業界では、金を他人に貸すだけで年利30%弱を手にできるのです。これに規制をかけよう、出資法の上限金利を利息制限法の上限金利以下にしようというと、業界をあげて反対に回ります。そんなことをしたらリスクの高い借り手は借りられなくなるぞ。そうすれば、結局、ヤミ金融を蔓延らせることになるぞ、と脅しをかけます。与党はそういう業界側に甘い対応をし、業界寄りの妥協策(少額・短期融資の「特例」扱い)を出します。いろいろな意味で業界側と仲良くしたいからでしょう。アメリカからの圧力もありますしね。 そう、ここでもアメリカからの圧力。レイクやディックが有名ですが、GEキャピタルやシティ・グループ、さらにはヘッジファンドまで、今や多くのアメリカ資本が日本の消費者金融業界に投資しています。このアメリカから、日本の消費者金融業規制に対して、反対の声がわき起こっています。アメリカ財務省も非公式に(!)これを後押ししているようです。理由は明白。自分たちの出資する貸金業者の経営が不安定になることを懸念するからです。それらしい口実はいろいろとつけてきます。規制緩和の流れに反する。対日投資意欲が衰える。リスクに見合った金利が決めにくくなる。そうすれば、(上述のように)資金を必要とする人々はヤミ金融に向かう。それでええんか、というわけです。もちろん、こうしたアメリカからの圧力は、外圧としてそのままストレートに政策を左右するわけではありません。その圧力の「受け手」、つまり、それによって潤う国内勢力、またその「提灯持ち」がいてこそ、現実を動かす力となります。 これまで述べてきたような議論など無縁という人もいるでしょう。日本人全員が消費者金融のお世話になるわけではありません。消費者金融の利用者は、そのすべてとは言いませんが、やはり比率的に低所得者層・経済的弱者が多いはずです。したがって、「規制強化」(「規制緩和」ではなく!)の遅れによって被害を被るのもやはりそういった人たちでしょう。人々の資金調達が困難になるだの、ヤミ金を蔓延らせるだのという理屈をこねる前に、高金利の消費者金融(あるいはヤミ金)以外に、日々の生活に必要なお金の調達手段がないような事態をこそ回避すべきです。 やはりここでも「格差問題」が重要になります。格差問題を何とかしろ、というと既得権益者を守るつもりか、という声まで出てくるのが今の日本(もちろん、そうした「声」がまったく妥当しないとは言いませんが)。日本は、一部の権力者が願うような、「格差肯定社会」になりつつあるようです。 格差拡大は大問題です。でも、それ以上に情けなく思うのは、その格差を何とか是正しようとする理論的・政治的営為をせせら笑う人たちがいること、そして「経済学」がそうした人たちによって都合よく「利用されている」ような気がすることです。先日放映されたNHKスペシャル「ワーキング・プア」はショッキングな内容でしたが、その中に出てきた一人のコメンテーターには、何とも言い難い「腹立たしさ」を感じました。 昨年度の基礎演習。正式開講後、最初のレポートの課題は「競争と切磋琢磨の違いについて述べよ。」でした。