昔、「プロジェクトX」という番組がありましたが、「プロジェクト・スモール・エックス」って何?と思われる方も多いでしょう。高崎経済大学体育会の会報『からすがわ』に書いた原稿を文集『梁山泊』に載せたことがあるので、ゼミ卒業生には、「プロジェクト・スモール・エックス」がどういう意味か分かる人も多いでしょう。また、高崎経済大学附属産業研究所の『サステイナブル社会とアメニティ』(日本経済評論社、2008年)に、「持続可能性と連帯経済―プロジェクト・スモール・エックスへのまなざし」という論文を寄稿したので、これを読んでもらえれば、私が何を言いたいかは分かっていただけるはずです。 簡単にまとめれば、こういうことです。すなわち、NHKの人気番組で扱ったのは、結果的に成功を収め、世の中を大きく変えることになった技術や制度であり、言うなれば「プロジェクト・ラージ・エックス」である。未然の可能性に挑戦した人たちがどのような犠牲を払いつつ、プロジェクトを完遂に導いたかというストーリーは、たしかに日本経済の最前線で苦労を重ねるサラリーマンの琴線に触れるものであろう。しかし世の中では、ほかにも数知れぬ無名の人たちが、日本のみならず、地球のあちこちで、現状を変えるべく、社会をより良くすべく、あるいは夢を実現させるべく、いろいろな人たちと協力しながら、日々苦闘している。たとえ大技術や大革命でなくても、そして、結果的に失敗に終わったとしても、名もなき人びとによる無数の試み、すなわち「プロジェクト・スモール・エックス」こそが世界を支えているとも言える。私が「プロジェクト・スモール・エックス」という言葉に込めた思いはこういうものです。こうした試み、挑戦をきちんと評価する理論的枠組みの構築が、私の研究テーマのひとつです。「ポシビリズム(possibilism)」も、この文脈で理解していただきたいと思っています。 2010年8月6日の日経新聞夕刊「あすへの話題」に、丸紅会長・勝俣宣夫氏が「私だけの勲章」と題する印象的な一文を寄稿しています。カタールから日本への液化天然ガス輸出10周年を記念する式典に出席したときの様子を書き綴られたものです。多くの人が関わったプロジェクトを振り返りつつ、次のようなことを述べておられます。 「一人ひとりの前進は全体から見ればわずかでしかなく、それゆえ周囲に誉められることもなかっただろう。だが明日への一歩を踏んだ瞬間を自分だけには確信できることがある。そんな時、小さな声で『お前、よく頑張ったな』と自らを労い、言葉の勲章を授ける。地位や報酬でない、自分の仕事をやり遂げたささやかな満足感が、何事にも代えがたいものと思える。 『私だけの勲章』。自分の仕事に誇りを持ち、惜しまぬ努力を尽くす。その積み重ねが一つの成功を生む。数限りないそんな物語の上に企業や国家があり、有形無形の財産になっている。」 勝俣氏の関わった液化天然ガス輸出プロジェクトは、もちろん「スモール・エックス」ではなく、「ラージ」の方ですが、述べられていることには共感できます。 8月5日はゼミの前期打ち上げ。午前中は恒例の就職・進路オリエンテーションを行いました。4年生が体験を交えてアドバイスを与え、私もいろいろなことを話しましたが、進路を定める際、上に引用した勝俣氏の言葉なども、指針のひとつになるように思います。