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 次に降り立ったのは長野県小諸市にある日本100名城のひとつ

 

  ☆ 小諸城址・懐古園 🏯 

 

 「日本でも稀有な穴城」と言われているが何?

 

 まずは見事な桜桜が迎えてくれました。咲いてる咲いてるアップ

 

 

← 「三の門」 徳川家達の筆 国指定重要文化財

 

← 南丸跡、北丸跡

 

紅葉谷に架かる「黒門橋」 →

 

黒門橋の上から撮るカメラ 桜ゼロ          

 

    ↑ 本丸跡

 

 「小諸城の起こりは、長享元年(1487)信濃守護小笠原氏の流れをくむ大井光忠が築いた鍋蓋城であるといわれています。

 天文23年(1554)佐久地方を制圧した後の武田信玄が小諸城を拡張整備し、天正19年(1591)に小諸城に入った仙石秀久による大改造を経て、現在の小諸城が出来上がりました。

元禄15年(1702)越後より牧野康重が入ると明治維新まで牧野氏の居城となりましたが、維新後は廃城となりました。荒廃していく小諸城を憂いた旧小諸藩士達は資金を集めて小諸城を払い受け、本丸跡に神社を祀り、花木を植えて公園にし「懐古園」と命名しました。」

                                        パンフより

 

   ↑ 懐古神社                     ↑ 菅原道真を祀っている。

 

 

 

「風林火山」武田信玄も整備に関わっていた。                              

                             

 

       お見事桜桜桜桜桜桜 天守台から見下ろす「小諸八重枝垂れ桜」の絶景アップ

ワーオ飛び出すハートキューン

 

 

 

「水の手不明御門跡(ミズノテアカズノゴモンアト)      ↑

 

地獄谷に架かる酔月橋を水の手展望台から望む。           

 

 

 

 展望台から酔月橋の反対側を見ると千曲川が堂々と横たわる。

 

                        ↑木村熊二レリーフ  ↑ 「島崎藤村の詩碑」

 

「小諸なる古城のほとり雲白く遊子かなしむ、、、、、、」藤村自筆だそうです。

藤村は明治32年、かつての恩師だった木村熊二に招かれて小諸義塾に赴任しました。以降小諸で過ごした7年間に「雲」「千曲川のスケッチ」などが生まれました。

ほかにも高浜虚子の句碑、若山牧水の歌碑などもあります。

 

 

  大手門まで戻ってきました。

 

こちらには児童遊園地、動物園もあって市民の憩いの場となっています。

 

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