下鴨神社を出るとバスは山の手に上がっていきます。
実相院山門から見た風景です。 ↓
実相院は左京区岩倉にある。
京都岩倉・實相院(ジッソウイン)
実相院は元天台宗寺門の門跡寺院。本尊 不動明王
鎌倉時代の寛喜元年(1224)、関白近衛基通の孫・静基権僧正により創建されました。
仙人図・花鳥図などの襖絵を擁する客殿・御車寄・四脚門は享保6年(1721)、東山天皇の妃・承秋門院の旧殿を移築したもので、貴重な女院御所の遺構です。
また江戸時代を通じて書き記された「実相院日記」など数多くの記録類とともに、密教の作法書や和歌・連歌に関する文献も豊富で、門跡寺院の歴史文化を伝えています。
実相院は黒く光る床に映る「床もみじ」が有名で、春の青もみじ、秋の赤もみじが毎年旅行のパンフレットに掲載され、一度見てみたいと誰もが思う寺院です。
床に映る燃えるようなもみじは、今日ここに来て本当に良かったと思えた瞬間でした。
床もみじだけではなく、比叡山の麓の山々を借景とした広大な石庭は圧巻です。
山水庭園は池に映るもみじが素晴らしく、息をのむ美しさです。
夜にはライトアップもあるそうで、さぞ幻想的な美しさでしょう。
カメラ厳禁で写真は門のみ、しっかり記憶にとどめたいと思います。
出発 ![]()
次に降り立ったのはかの有名な南禅寺です。
「三門」 ↑
「三門」は寛永5年(1628)藤堂高虎の寄進により、大阪夏の陣に倒れた家来の菩提を弔うために再建されました。楼上には本尊の宝冠釈迦座像や十六羅漢像とともに、徳川家康・籐堂高虎の像が並んでいます。天井絵は江戸時代を代表する絵師、狩野探幽と土佐徳悦です。
あまりにも有名な「絶景かな、絶景かな」。
歌舞伎「楼門五三桐(サンモンゴサンノキリ)」で石川五右衛門が発する名台詞。
春の桜を愛でながら大盗賊が見えを切る、その舞台こそ南禅寺の「三門」楼上です。
高さ22メートル、日本最大級の高さを誇る三門は、別名「天下竜門」。知恩院・久遠寺(山梨県)とともに「日本三大門」、知恩院・仁和寺とともに「京都三大門」など日本を代表する名門です。
三門の上層の楼「五鳳楼」に上がると、京都市街や周りの塔頭を望む絶景が広がります。
ネットホームページより
その山門楼上に上がらせていただきます。(有料)
とんでもなく急階段を上がると、ここはすべてカメラ厳禁。
もみじ燃ゆる「絶景かな」は心に留めておきたいと思います。
本殿に向かいます。
南禅寺は天皇とのゆかりが深いお寺。鎌倉時代、この地には後嵯峨天皇の離宮「禅林寺殿」があり、その息子である亀山天皇がこの離宮で出家、無関普門禅師を開山に、正応4年(1291)に禅寺として開創されました。
「南禅寺」は臨済宗南禅寺派の大本山、日本最古の勅願時寺として鎌倉時代に創建されました。室町時代には京都・鎌倉の禅刹「五山」の最上位、別格として「五山之上」に位置付けられ、今も正式名称を「五山之上瑞龍山 太平興国南禅禅寺」といいます。
← 水路をくぐり、石段を上がると「南禅院」がある。南禅院は南禅寺発症の地といわれる。
南禅寺を代表する絶景スポット「水路閣」です。
水路閣は京都の近代化を物語る貴重なモニュメント。
明治維新後の京都を復興させるべく琵琶湖の水を京都へと引いた「琵琶湖疎水事業」にともない、明治21年(1888)に完成しました。
琵琶湖疎水と同じく、田邊朔郎(タナベサクロウ)が設計・デザインした水道橋で、全長93.2メートル、幅4メートル、高さ9メートルにもなるそうで建設当初は反対の声のあったのですが、今では禅寺の侘びた趣にふさわしい恰好のフォトスポットになっており、サスペンスドラマに欠かせない、テレビ・映画・アニメの舞台としておなじみになりました。
ネットホームページより
広大な敷地に「そうだ京都いこう」キャンペーンの舞台になった「天寿庵」や「金地院」、「方丈」、「池泉回遊式庭園」などなど多くの堂宇が建つ。
何せツアーで時間が限られている。御朱印も間に合わず、とても見切れるものではなく戻ることにします。三門と水路閣を目にすることができただけでもうれしい、、、
東福寺「洛南」、仁和寺「洛西」、下鴨神社・糺の森「洛中」、岩倉実相院「洛北」、南禅寺「洛東」と五社、目まぐるしく駆け巡った一日はなんと16000歩あまりでした。
この季節に人々が海外からももみじに魅了されて集まる理由が解った気がします。
京都のもみじは本当に素晴らしい![]()
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いつも思うのですが、改めてじっくりとお寺を拝観したいと思いました。
「また京都いこう」![]()


















