冬至が過ぎ、ブルーのイルミネーションにきらめいた✨クリスマスもあれよあれよという間に過ぎていく。そして私といえば家の大掃除に明け暮れ、年賀状を書いて今日に至っている。
おせちの準備と正月飾りで一年の〆と新年を迎えたいと思います。
ひと月ほど前、紅葉真っ只中の京都、行ってきました。
11月25日
「そうだ京都いこう
」 まさにこの季節。
京都紅葉ぐるっと周遊バス日帰りの旅です。
名古屋駅7時40分、出発。![]()
新名神高速道路、土山SAで休憩。
京都東ICを下ると古都京都の文化財が集まる宝庫、濃密な区域へと入っていきます。
東山小路通りで下車。すでに人であふれ、係員の方が手慣れた様子で交通整理をしています。観光バスも多い。
ここからお土産屋さんが並ぶ通りを入っていきます。

もみじのトンネルが迎えてくれます。もうここからテンションが上がる。![]()
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「月下門」を入りますがここと臥雲橋とは撮影禁止です。つまり多くの人が集まるので流れをスムースにするためにここで留まってはいけません。それでも撮る人はいる。![]()

「日下門」をくぐって広い参道にきました。正面に立派な本堂が建つ。
「創建は古く鎌倉時代。時の摂政関白・藤原(九條)道家が南部東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、九條家の菩提寺として造営。仏殿には高さ十五メートルの大仏立像を安置。京の「新大仏寺」として1236年より実に十九年をかけて、都最大の伽藍を完成させました。
開山には聖一国師を仰ぎ、当初は天台・真言・禅の三宗兼学として壮大な堂塔伽藍を配置。鎌倉末期の相次ぐ火災により大部分を焼失しましたが、直ちに復興に着手。1347年、前関白一條経通により仏殿が再建され、京都五山の一つにふさわしい禅宗寺院として偉容を取り戻しました。」
パンフより
←三門 大仏様を思わせる、室町初期の再建。扁額「妙雲閣」は足利義持筆。国宝
名勝とよばれる「通天橋(ツウテンキョウ)」をとおって庭園に入っていきます。
「広大な境内に北谷・中谷・南谷の三つの渓谷を巧みに取り入れている。通天橋からの眺めは中谷にあたり、ここにかかる三つの歩廊橋は上流から偃偃月橋・通天橋・臥雲橋。これを「東福寺三名橋」と呼びます。
パンフより
谷と称するだけあってかなりアップダウンがある。それだけに幾重にも紅葉が楽しめます。
「開山堂」 ↑
開山堂は1280年入定の聖一国師を祀る。
普門院前の庭園は江戸中期の名園だそうです。
通天橋からの紅葉を楽しんだ後、広い参道には多くの露天がでていました。その奥には庫裡が建ち、中に入ると「方丈庭園」を拝見することができます。
「恩賜門」 ↑
← 「南庭」 広さ210坪の枯山水庭園に巨石を配し、渦巻く砂紋によって八海を表す。
方丈は明治23年再建。南庭にある唐門は明治天皇皇后であった昭憲皇太后の寄進と伝わり「恩賜門」とも呼ばれる。
国指定 名勝 東福寺本坊庭園(方丈庭園)
昭和の名作庭家・重森三玲の作(昭和14年)。
「八相の庭」と命名され、近代庭園の傑作とされる。方丈の東西南北に四庭をもつ。
← 東庭 円柱の石が七つあり、雲文様地割に北斗七星に見立てた。
南庭の西方には「五山」になぞらえた築山を置いた。 ↑
「八相の庭」とは四庭に配された「蓬莱」「方丈」「瀛洲(エイジュウ)」「八海」「壷梁(コリョウ)」「五山」「井田市松(セイデンイチマツ)」「北斗七星」の八つを「八相成道(釈迦の生涯の八つの重要な出来事)」に因んで命名されたものである。
パンフより
← 西庭 さつきの切込みで大きく市松模様に図案化したもの「西田市松」と呼ばれる。春には美しいさつきの花が見られる。
北庭に続く途中に「通天台」と呼ばれる舞台が設けられ、眼下に渓谷「洗玉澗(センギョクカン)」を一望できる。 ↓
庫裡を出ます。本堂前まで戻りました。
↑ 「禅堂」
メンバー揃って東山小路通りのバスまで戻ります。
乗車
車内でお昼のお弁当タイムです。
次の仁和寺に向かいます。










































