3月19日 月
東京に住む友人がお彼岸の寺参りで帰名した。彼女は三日ほど滞在するので恒例の、今度はどこへ行こっか、、、というわけで二人で岡崎城へやって来ました。
桜はやっと開花宣言が出た頃でまだほんの数りんの花冷えの季節、それに今日は午後から
マーク70%、
でも何とかなるわ
折りたたみ傘をしのばせて名古屋駅から名鉄線に乗車。35分で東岡崎下車です。
観光案内所でパンフを貰いレッツゴーどこに行っても案内所の人は親切丁寧それににこやか
さい先いい気がする。


10分ほど歩くと立派な橋に出ました。「殿橋」とある。
角には立派な西三河総合庁舎が建つ。
川は「一級河川・乙川」

河川には桜並木が続きますが蕾はまだ固く、すぐそこまで来ている本番を待つ。
川の向こうにお城が見えたっ !! ワクワクする。

橋を渡ると土手に平行して岡崎ニューグランドホテルなどホテル群が高く建ちます。

手前の土手には菜の花が咲き揃い、対岸の桜並木が川面に写る。
ウオーキングコースも整備されている。

乙川に架かる鉄橋を名鉄電車が通ります。
のどかな風景~


ホテル群の横に神社がある。
小ぶりだけれど歴史を感じます。
「菅生(スゴウ)神社」

「徳川家康公御厄除祈願之神社」の石碑が建ちます。
由緒によると、「岡崎市最古の神社で大和武尊が当地を通った西暦110年に始まる。その後家康公二十五歳の時、岡崎城の鬼門にあたるこの地に厄除け・開運、岡崎城内鎮守の守護神として代々岡崎城主の祈願所になった。1868(明治元年)「菅生神社」と名を改め、現在に至る。」




「大手門」 →




桃の花が満開。

早咲きの枝垂れ桜が咲いていた。
期待していなかっただけにうれしい、、、
「木瓜」 ↓



1本の桜に真っ白な花が枝にあふれる、ステキッ

「八千代本店」
城内、お城に最も近い場所にあるお食事処です。
昼食はここに入りたいと思います。

「田楽・菜めし・お刺身定食」をいただきます。
プリップリのお刺身に山椒の香りがたつ八丁味噌の田楽がとっても美味しいです。
香の物もとりどり。彩り、お味よく、添え物とは思えない美味しさ。お吸い物、菜めしも絶品。デザートは大きくて甘いいちごで〆です。おしゃべりもはずんで、ごちそうさま

です。





「神馬」 →

やっとお城までやってきました。

おもてなし武将隊のひとりが迎えてくれました。
写真撮影も気安くOK
城内に入ります。
「沿革によると岡崎城は別名竜ヶ城といい、平山城です。
康正元年(1455)、西郷頼嗣によって築城されました。享禄四年(1531)、松平清康(家康の祖父)が現在の位置に移して以来、岡崎城と称されるようになりました。
天文十一年(1542)、徳川家康はここ岡崎城で誕生した。
家康は6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしたが永禄三年(1560)桶狭間の合戦で、今川義元が戦死したのを機に自立、19歳だった。
以来、岡崎城を拠点に天下統一という偉業への基礎を固めた。
明治維新になると情勢は変わり、城郭の大部分は取り壊されてしまった。
昭和34年(1959)、市民の思いは強く、ほぼ昔どおりの外観の天守閣が復興された。」
構造は鉄筋コンクリート3層5階です。


見上げるような狭い急階段は昇りと下りの真ん中を手すりで仕切られているので両手で支えることが出来、何とか大丈夫です。


天守閣から四方ぐるりと見た岡崎市内の風景です。

降りてきました。
桜の蕾がふくらんで、あと少し、、、

お城すぐ脇に建つ「龍城(タツキ)神社」です。







甘味処やお食事処が建つ。あと1週間もすればどこも混み合うのでしょう。


ここは「葵松庵・城南亭」、乙川沿いにある。
美味しいお抹茶がいただけます。早咲きの枝垂れ桜が満開のお庭からはお城の天守閣が見える。




ほっこりまったり贅沢な時間を過ごします。
30分ほど歩くと河津桜が今満開ですよ、とアドバイスをいただきましたが何せ友人は本日東京に帰らなければなりません。また今度、、、
今日の歩数は12296歩
今にも落ちてきそうだった雨も何とか一日もってくれた。 晴れ女は今も健在、ばんざい
果て岸にあたる24日に私もお寺&お墓参りにでかけました。
花木が好きだった父上様 ・母上様、実家の梅も八重の椿も見事に咲きました。今は蕾の大きな牡丹が楽しみです。春爛漫の季節です、、、 そちらは年中春ですか。
