3月1日 火
今日は三寒四温の寒にどっぷり、5度Cです。寒いっ!!
尾張三十三所、4番札所をめざします。目標はウオーキング範囲内、歩きます。
4番札所 稲荷山 長楽寺 本尊、立木観世音菩薩
長楽寺は名古屋市南区呼続にある。名鉄線さくら駅から徒歩5分の場所、旧東海道を一本西へ細い路地を入ったところです。
いきなり大きな観音像が現れました。その足元に石像の犬と猫がよりそう。


「動物観音」と書かれている。


観音像の横に石門が建ちます。

大師堂です。
石門を入ると右手に弘法大師像「目守弘法大師」がテントの中に鎮座されている。手を合わせて進むと正面に大楠があり、立木観世音菩薩像が祀られる立派なお堂が建ちます。

中を覗くように拝見すると見上げるように高い菩薩像が立っていました。美しい!

「本堂」です。
私が思う本堂の貫禄がいまひとつの建物だったので、正直わからなくて聞いてしまいました。すみません。
「弘仁12年(811)に弘法大師がこの地に巡礼したおり、夢のお告げによりこの呼続の浜に「七堂伽藍」を創建され、真言宗戸部道場寛蔵寺と名づけ「鎮守清水枳尼眞天(キヨミズダキニシンテン)」を安置したのが始まりです。
その後、寺は一山十二坊を有する寺になりましたが、文明(1470)の頃衰退のため義山禅師が再興し、明谷禅師を開祖として、曹洞宗長楽寺と改めました。
境内に樹齢600年の松の木があり、寛政10年(1798)智海和尚が松の木の下に観音石像を安置し、霊木とした
。その木が枯れかかった時、ひとりの老人に弘法大師の夢告があり、それがもとになり立木のまま十一面観音菩薩の尊像を彫刻しました。これが立木観世音菩薩である。」
ウィキペディアより


本堂横を入っていくと山奥に入り込んだような閑静な佇まいの庭があり奥に続く。なにがあるのだろう。
「清水稲荷大明神」と書かれた赤いお社が建つ。

そういえば長楽寺は稲荷山の称号を持つ、繋がっていたのだ。
本堂の方へ戻ります。
観音堂の横に真新しいお庫裡さんがある。そこに行ってみます。


そこはまだ木の香りが漂うお洒落な空間がありました。ここでご朱印をいただきたいと思います。
中央のいろりには白い灰がきれいに整えられていて、鉄瓶が湯気をたて、ぐるりとしつらえられた椅子には暖房が効いて暖かく、ほんわかといい感じで待つ間、甘酒までいただいてしまいました。
お茶は何とお接待なんです


本当にごちそうさまでした。

庫裡の少し奥には立派な「動物霊園信者修業堂」が建つ。
ほかにも盲導犬慰霊碑、動物守護観音があるとのこと、「盲導犬サーブ」もここに眠っているとのことでした。
「目守弘法大師」の意味がこれで理解できました。改めて一礼したいと思います。

「弘法大師奉安地」の石碑と「名古屋十名所」の石碑が東海道に面して立ちます。
東海道を東の方へ足を延ばしたいと思います。
少し行くとなにやら神社らしきものが見えるので行ってみたいと思います。
右に折れ突き当りに立派な神社を見つけました。


冨部神社です。鳥居をくぐります。
「厄除け」と書かれた赤い旗が立ちます。

「慶長8年(1603)徳川忠吉公(徳川家康の四男)が病気平癒の祈願をし、回復の報恩に慶長11年(1606)に書院、客殿などの諸堂を建設しました。これが現在の冨部神社です。」
ウィキペディアより


今日の寒さも梅の美しさにすっかり吹っ飛んでしまいました。
このあたりの家々をみるとほとんどが「鈴木」姓です。


東海道、「是より東かさでら」の道しるべです。
今きた道は「是より北よびつぎ」と書かれている。

笠寺商店街まできました。名鉄線が走る。
「笠寺」環状線まできました。この先東すぐに笠寺観音があります。
尾張四観音、尾張三十三所3番札所にあたる笠寺観音・笠覆寺です。
わたくし正月気分がまだ残る1月7日、こちらでご朱印第一号をいただきました。なので今日は帰ります。
本日のウオーキング10288歩でした。
