人間、恐ろしいもので、

数ヶ月もあれば慣れてきますよね。状況に。

 

僕は仕事が輸出入や官公庁に絡むので、

困ることが多々あるのですが、

日常生活ではすっかり慣れた感じです。

 

この期間、東京から出ていないので、

他所のことはわからないのですが、

電話とかで話していると、

意識の地域差はかなりあるのだろうな、

とは予想しています。

 

東京はまたまた人数が増えてきて、

また自粛なんてことになると非常に困るのですが、

なんとか持ちこたえるように祈るばかりです。

 

さて、慣れの話。

いろんなところで、透明ビニールが掛けられているのも、

もはや以前からそうだったような感覚なわけですが、

あれ、意外と手に引っかかりますね。

書類の受け渡しや、現金支払のときとか、

なんとなく普通に手を出してひっかかってしまいがち。

 

状況には慣れてきたけど、

体は結構普通に反応してしまうものなのか、

はたまた僕がどんくさいのか。

ずっとこんな感じになるのかな?

 

貿易関係の中国人の方と最近良く会いますが、

行き来ができなくて足止めされている、という人が多い。

でも、そういう人ってバイタリティがあるから、

「暇だし、仕事しよう」てな感じで、

むしろ精力的に仕事をされてて、感心したり。

 

海外との行き来が制限される、というのは中々大変。

 

一方でZoom会議なんて頻繁にあったりとかして、

つながるところとは以前以上につながっていて、

革新的な効果も多々ある。

 

とはいえ、アジア人は風評被害もありそうだし、

コロナ時代というのはプチ鎖国とか、

プチ・レイシズムのこと、ということになりかねない。

 

海外、特に欧米では人種差別が根深いもののようですね。

僕は若い頃、イタリアでほんの短い期間、

フーテンのようなことをしてたことがあります。

 

友達になった黒人にある時言われました。

 

「俺はお前好きだよ。仲間だ。だって色がついてるから」

 

今でも、その発言はよく覚えています。

彼は、異国の地で嫌な思いもたくさんしてきたのでしょう。

 

「よそもの」に厳しいのは、どこの国でも同じでしょう

でも、ちゃんとその国の文化を学んで、馴染んで、

仕事をして、納税をして、社会生活を営んでいれば、

それはそれで、差別されるようなことは無いのでは?

と思ったりもします。

 

でも、一方で、如何に納税してても、

帰化もしていない外国人が、

政治家になって、全く違う国のあり方を

声高に主義主張されたら、

それはそれで嫌だな、と思ったりもする。

 

人種や国籍問わず、良いやつもいれば、悪いやつもいる。

一方で、同じ言語、同じ肌の色、同じ文化でシンパシーを感じるのは

それは仕方がないこと。

 

人間同士の繋がりで統治されるようなことがあれば良いけれど、

まあ、そんなことは幻想だね。

 

まさかのレイシズム。前時代的だけど、根強く暗い熱量の意識。

フェミニズムやLGBTも、自由が進んでいるようで、

未だにそんなことを声高に言わないといけないこと自体が、

前時代的だな、と思ったりしています。

それだけ、根深い、人間が進化できない領域、

ということなのかもしれないけれど。

 

それにしても、COVID-19。

その厄介さは病気、感染症としての深刻さではなく、

人間のこれまでの統治機構やルールを破壊してしまうことに、

真の恐ろしさがあるのではないか、と思ったりします。

 

統治する、ルールがある、ということは、

何かしら、抑圧された心が誰にもあるわけで、

それが開放された時…

それを守るひと、それに抗う人が出てくることは、

ある意味自然なのかもしれない。

そして、それがまた新たな軋轢と対立を強調することとなる。

 

しかし、このまま革命的に様々なことが変化して、

皆が幸せになるのでしょうか?

黒人は本当に自分たちの権利を得ることができるのでしょうか?

人種主義的、民族主義的になっていった結末に、

何が起こるのでしょうか?

あるいは暴走した共産主義は、何を生み出すのでしょうか?

 

COVID-19の前から積み重なっていることが、

これをきっかけに、顕在化し、爆発し、人間の意識が変容していく。

意識を変容させてしまう、というのが、

真の症状なのかもしれません。

 

もし、そうだとしたら、病気に対するワクチンや特効薬の開発と同様に、

人々の心を落ち着け、人々がいがみあわず、

安寧をもたらすよな、処方箋も、同時に考える必要があると思います。

 

それは政治がやること?

そうじゃなーい。

 

そのためにも、個々人が、他人を尊重し、気遣うような

力を合わせて取り組もうと言えるような、努力をしないといけないと思います。

それは、頭の賢い、悪いは関係なく、他人が行うことでもなく、

自分が行うべきこと。

 

僕は保守的な人間だけれども、

保守的とか革新的とか関係なく、

全人類的なこの病に、立ち向かっていかなければならないのだ、

と、やや大げさに、でも、大真面目に思うのです。

 

相変わらず、40過ぎて中二病的な

理想主義を述べましたが、

現実的すぎるのは夢も希望も無いじゃない?

 

僕の子どもたちの世代が大人になるころには、

是非、夢や希望にあふれる世界になるように。

 

今が、頑張りどきですね。

 

最後に。

COVID-19をさも全ての問題のトリガーのように書いたのは反省してます。

きっかけはそれぞれにあるし、問題の根底が全てCOVID-19につながってるとは、

思ってませんよ。

みそもくそもごちゃまぜの暴論を展開したことを最後に猛省して、

おじさんの主張はおしまい。