世の中、本当に生き辛くなってきているな、
と思います。
僕は、恥ずかしながら喫煙者です。
東京では、いよいよ受動喫煙防止条例とやらで、
居酒屋とかでもタバコが吸えなくなってしまいました。
タバコなんて、もともと嗜好品だし、
百害あって一利なしという代物なので、
まあ、仕方がないのかな、とも思いますが、
なんだか、あらゆる場面で、
おおらかさがない、というか、
人間の許容範囲が狭くなってきている、
と思ったりします。
ある意味では、そういうことかな、と思います。
「まあ、いいじゃん」「まあ、いっか」
が無くなってきているということ。
ある意味では、我慢しなくなった、というのかな?
「私は嫌です!」ってはっきり言えるようになった、
ということか。
後者のほうでいえば、
人権のために良いことではあるのかもしれない。
パワハラ、セクハラ、モラハラ。
いろいろな「ハラスメント」も定着してきました。
一方で、最近はなんといっても、コロナ。
もう大分経ちますが。
「自粛警察」なんて言葉もできたりしました。
謎の正義マンが世の中には溢れています。
これは人間が賢くなった成果なのでしょうか?
大人というのは、誰しも、「自分が正しい」と思っています。
そうじゃないと、生きていけないからです。
いちいち、他人の意見でブレていては、
家族であったり、守れるものも守れない。
ある程度、自信がないといけない。
でも、実際は、そうじゃないこともたくさんあります。
ルールに則っていたら、万事うまく行くわけではありません。
端的例を言えば、嘘も方便という言葉があるように、
あらゆるところで正論をぶちかましたところで、
孤立してしまうのが関の山です。
明確に刑法犯にならない限り、
大人というのは、ある程度、自分で判断しながら、
バランスを取りながら生活をしているのではないか、と思います。
にも関わらず、現代社会、現代人はなんとなく、
そうした「緩さ」を徹底的に排除しようとする動きが
強い気がします。
個人個人が、
権利主張が強くなってる割に、
ある面では極端に打たれ弱くなった、という気もします。
あるいは、自己の選択という責任を放棄して、
新たなルールや潮流に乗っていたい、そのほうが楽。
という考えの人が増えたのかもしれません。
メディアで扇動され、クローズアップされたものが、
ルール化されて、動きを縛る。
結局、判断力を奪っていかれているわけで、
本当に、このままでいいのかな?
と思ったりするわけです。
我ながら、書き出して、
難しいテーマに手を出したと、
後悔しだしてます(笑)
こんなの、短文では書ききれない。
もう締めよう。
もちろん、
僕は「ハラスメント」容認派ではないです。
これは明記しておきます。
そんなの、許容する必要は一切ない。
それにしても、
「かっこいい大人」が減ったってことなのかな。
あかん。まとまらん。
中途半端でごめんなさい。
絶対正義 秋吉理香子
(幻冬舎文庫)
まあ、タイトルの通りのテーマの本です。
イヤミス、という括りなんでしょうか。
程度の浅い深いはあれど、
多分だれしも若い頃に感じた、
あるいは、経験したことがあることを
徹底的に掘り下げて物語にした感じ?
そういう人と出会ったことがあるかどうかは別として。
ドラマもあるそうで。
小説は楽しめましたよ。
