僕は生きてきて幸いなことに、

友人であったり、知人であったりを

突然亡くしたことは今の所ない。

丹念に辿れば、今は縁がない

小学校の旧友とかが、亡くなっている、

なんていうケースもあるのかもしれないが、

無理してそんな事実を探す意味もないし、

必要もない。

 

親族が亡くなっていくのも、

歳の順なので、

悲しいこそあれ、悔しい、辛い、

という想いが大きい別れ、

というのはない。

 

父が枕元に立つ、なんてのは、

夢であっても無いほうがいいと思っている。

亡くなった方、というのは、

心安らかに浄土に行かれて、

現世の人間など、相手にする必要がない。

 

生きていようが、死んでいようが、

あの時、あの人がどう思っていたか知りたい、

というのは、個々人の後悔や無念から発せられる、

傲慢な欲求なのだ、と思う。

結局は、自分のことしか考えてない発想なのではないか、と。

 

そうは言っても、僕も、非常にねちこい性格なので、

人間関係で後悔して、引きずっていることも

無いわけではない。

あの人に侘びたい、とか、あの人の気持ちを知りたい、

とか、思うこともある。

 

大抵はかなわない。

縁が切れて、没交渉になっているのだから、

当たり前のことだ。

 

別れは新しい出会いを生む。

だから、振り返ることなく一生懸命生きることのほうが、

自分自身にとっては、幸せなことなのだ、と思う。

「念」というのはネガティブであるほど、

人のエネルギーを削ぐ。

 

それでも、ふと、思い出して、

陰鬱な気分になり、そわそわする。

それもまた、僕という人間の悲しい本性なのだ。

 

誰だって、一人で生きていない。

他人に愛されたいと思うのも、自然な欲求だ。

でも、それも、結局自分のあり方に依るところが大きいのだろうと思う。

愛されない生き様をしているから、愛されないし、

人を裏切るから裏切られるし、

嘘をつくから嘘をつかれる。

 

そう考えると、やっぱり、

「希言自然」にかかれていること、というのは、

そういうことなんだな、と思う。

 

なかなかいいタイトルつけたな。

このブログ(笑)

 

全然「希言」じゃなくて、

口いっぱいもの言ってるけど(苦)

 


 

ツナグ 辻村深月

新潮文庫

 

ツナグ(新潮文庫)

 

辻村深月さんの作品はこれが初めてです。

丹念に心理描写されていて、

非常に良い連作短編です。

 

はっきり書きますが、

僕には合わなかったなあ。

本文に書いてある僕の思考性の問題ではなく、

物語、というより、小説として、合わなかった。

物語にしっかり入っていけなかったってことかな。

オカルトも噛んでるから、大好物のテーマだけど。

 

他人にはオススメします。

僕が合わない、というだけで、

面白くないわけではないです。

 

ちゃんと読了している、ということは、

楽しく読んだ、ということです。

 

読めなかったら、レビュー書けないし、

紹介しないので。

 

ここに書く、ということは、

ちゃんと読んだし、面白かった、

ということだと理解してください。

 

この作品は、映画にもなってるし、

他所のレビュー読んでも高評価が圧倒的に多いですよ。

 

辻村さんの本は、

まだ読みたいやつがあるので、また買います。

今も別の本読んでます。

そのレビューもまた書くでしょう。