小6のニ学期の終わりに大村市から長崎市に引っ越しました。

終業式の前日、俺には内緒で計画されていた「お別れ会」がおこなわれたのには驚きました。


転校するので、ミニバスでもみんなに別れを告げました。


三学期、大村市に行く用事ができました。
実は俺、健康優良児で学校の代表になり、二学期に各校の健康優良児たちが集まり、半日がかりで健康診断やスポーツテストが行われ、その結果、表彰されることになったのです!


そして、表彰式が終わり、せっかくだからということで母校に遊びに行きました。

クラスのみんなに会い、夕方のミニバスの練習にも参加しました。
ミニバスでは、3月に大会があるのでそれまで6年生は引退しません。だから同級生のメンバーたちと久しぶりにバスケをすることができました。


3月、その大会は日曜日にあったので、みんなに会いに大村市の市民体育館に行きました。

その大会は、6年生の最後の大会ということもあり、試合ごとに、最初に6年生の選手紹介があります。
1名ずつ名前を呼ばれ、呼ばれた選手は体育館内のみんなが見ている中シュートを打ちます。どんなシュートでもいいです。

2コートありましたが、各校の紹介に合わせるために反対のコートと試合時間を合わせて、選手紹介が終わってから試合開始となります。
4、5年生は、その光景に憧れます。
俺も6年生の姿を見ながら「選手紹介ではどんなシュート打とうかな…」とか時々考えながら過ごしたり、みんなで練習したりしてました。



そして、我が校の選手紹介。


「4番、キャプテン○○」
「はい!」
(そして、シュートを打ちます)



「5番、副キャプテン△△」



・・・



「6番、…」






・・・・・・






「7番、ヤン」
「はい!」
俺登場!!

(このとき、同じ学校の女子バスや父兄さんはビックリ)






その大会の一週間ほど前に、担任(女子バスの鬼監督)から電話があり、「選手登録してあるから試合に出てもいいよ」と言われていたのでした。

感動したのは、自分がいなくなってからも、背番号7は誰も着ていなかったらしいということです。


泣けました(今思い出すと泣けます)。


当日、みんなの前に現れたとき、みんな歓迎してくれました。

よく考えたら、小学校が変わっても選手登録をしてくれていて、そういうのってアリなのか不思議ですが…
先生方の粋な計らいに感謝感謝!!
\(o^▽^o)/





4年生のとき、キャプテン・クックの脅しに負けて始めたミニバス。(←これについては『-“NO”と言えない日本人のバスケとの出会い-』を見てください)
その年の夏(8/1)、ソフトの早朝練習の後に、ソフトのキャプテンでもあったクックの家の倉庫に道具を置いて、後にバスケのキャプテンになる同級生のチームメイトと一緒に帰る途中で交通事故にあい、二学期が終わるまで走ることすらできませんでしたが三学期に元気いっぱいで復帰。

当時、ミニバスの4年生は2人。

5年生も3人だったので「このままだと潰れるぞ!」と言われ、必死になって同じ学年でバスケをやってみたい人を探しました。
興味なさそうでも、サッカーやバレーや野球などのクラブに入っていない人たちの中から体育好きな人にどんどん声を掛けました。











その後の方法はわかっていました。













かつてクックに言われた
「入らないと殺すぞ!!!」の決めゼリフ。











被害者10名。










我ながら見事でした。










先輩たちからも称賛されました。










クックからも、
「お前よくやった!どうやって集めたんだ?」と言われました。










フフフッ…あなたに言われた通り言ってやりましたよ( ̄ー ̄;)








10名のうち9名が同じクラスの人でした。
夏休みに一度は病院にお見舞いに来てくれた人たちでした。
千羽鶴を折ってくれた人たちでした。

その中には、
バスケ未経験者もいました。
体育が苦手な人もいました。
ニートもいました(←これはウソ)。



彼らは中学でもバスケを続け、その中学は、市ではもちろん、県でもトップクラスの強さでした。








この記事の思い出の中に、当時の俺が予測していたことはたぶん一つもなかったでしょう。




4、5年のとき「6年になったら自分も…」と思い描いていた選手紹介…それに飛び入りで参加することも、今こんな形で思い出すことも、想像すらできませんでした(ましてやブログに書くなんて…)





たった数十秒の場面に、
こんなにたくさんの思い出が飾り付けをしてくれていたなんて…。






俺が選手紹介で放ったシュートは、











ダンクでもなく、











3Pシュートでもなく、











緊張感誘うフリースローでもなく、











ダブルクラッチでもなく、











誰でも入れることのできるドリブルシュートでした。












その、誰でも放てる1投の中に、
誰も経験したことのない3年間が詰まっていたのでした。











このサプライズ記事で、実際俺がしたサプライズは選手紹介で現れたという小さなことでしたが、このささやかなサプライズでこんなに思い出せて本当によかったと思います。
こうして書けたのも、サプライズ記事を楽しみにして待っててくださっている方々のお陰です!!あざーっす!!\(o^▽^o)/





小さな出来事でも、
よく考えたら実はとても深いことってあると思います。

みなさんも、じっくり思い出してみては?( ̄ー ̄;)



『-ヤンのサプライズ大作戦-』もうちょっとあるのでお見逃しなく☆