先日、家族から「普通な人である職場のAさんが周囲から文句を言われている」という話があった。
文句とは、苦情を言ったり難点を言い立てるという意味があり、相手に何らかの行動改善を求めようとするニュアンスが強い。また「Aさんは普通な人にもかかわらず」という前置きがあることから、Aさんは許されて然るべきなのに周囲から悪者にされている状態と家族は言いたいのだと思った。
しかし、実際にそのAさんが言われていた文句の内容を家族に聞いていみると「Aさんはよく怒りをあらわにする人柄(いわゆるヒステリーにような傾向)で、周囲からその姿が怖いと言われている」とのことだった。
私が思ったことは、そう言われて仕方がないことであるということ、そしてそれは文句というよりは感想に近いメッセージだということだ。
怒っている人をみると怖いと思うのは自然な心理だ。怖いという感情を人に対して向けることはあまり良くないことだが、人に向けて良くない感情を表に出しているという点ではAさんも同じことである。
だからあまりどちらが悪でどちらが善だとも思わない。
結局のところ、家族がそのAさんを贔屓目にみていたのは自分自身もそのAさん同様に怒りを周囲だしやすい傾向のためだからだ。
Aさんを自分にみたてその自己正当化の手段として悪者扱い(被害者意識)という表現手段をしたのであろう。
私はあまり好きじゃない、そのような自然な因果として帰結した事実をあたかも周囲(環境)が悪いとする論調は。