12月19日以来少し間が空いてしまいました。
何せこの時期は忘年会とかがあってなかなか書く時間がありません。
さて前回は辻邦生や塩野七生の本を紹介しました。
前回塩野七生の「コンスタンチノープルの陥落」を紹介したら、また読んでみたくなり、またまた読んでしまいました。
これは1453年、当時の東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の首都、コンスタンチノープルがトルコ帝国によってまさに陥落させられるその模様を描いた物語です。
登場人物としては、ビザンチン帝国の皇帝コンスタンティヌス11世、トルコ帝国のスルタンマホメッド2世という両陣営の最高権力者、コンスタンティヌス11世の側近で大蔵大臣のフランゼス、宰相ノタラス、ビザンチン帝国に味方することになる当時のイタリアの海洋国家ベネチアの医師ニコロ、海将トレビザン、フィレンツエの商人テダルディ、ギリシア正教会のイシドロス枢機卿、イシドロス枢機卿とは反対派のゲオルギオス、コンスタンチノープルにあるジェノバ居住区の代官ロメリーノ、マホメッド2世の小姓トルサン、等々権力者から市井の人々まで様々です。
これらの人々が、1453年4月に始まるキリスト教側とイスラム教側との戦いをどのように指揮し、どのように迎え、どのように戦ったかを、時にはビザンチン帝国側から、時にはトルコ帝国側から、そして時には現場でこの戦いに遭遇してしまった普通の人々の立場から丹念に描いています。
これらの人物は作者の想像上の人物ではなく、それぞれに何らかの記録に残されていたり、あるいは記録を残した人々でもあります。
例えば、ビザンチン帝国の大蔵大臣フランゼスは、陥落後もかろうじて生き残り、修道士となって「回想録」を残しています。またイシドロス枢機卿も幸運にもコンスタンチノープルを脱出し、ローマ法王などにあててコンスタンティノープルの陥落を詳しく書いた手紙を送っています。
さらにベネチアの医師ニコロは、「コンスタンチノープル攻防戦の日々の記録」という、後世の研究家からは第1級の歴史的資料と評価される一文を残しています。
トルコ側では、スルタンの小姓トルサンは、晩年「征服王スルタン・マホメッドの歴史」という歴史書を書き残しました。
作者はこれらの膨大な資料を読み込んだ上に、ただの歴史的事実の羅列ではなく、それらの資料から生ま出る作者の想像力を十分に羽ばたかせて「物語」を紡ぎだしています。
「歴史は物語」とよく言われますが、この本にはそんな「物語」が満ちています。そして、なぜか「歴史の悲哀」とも呼べるような、一種の哀しさがあるように思います。人間の果てしのない様々なおろかさを包み込んで、歴史は哀しく、その歴史の哀しさが私にはたまらない魅力でもあります。
塩野七生は、この中世からルネッサンス期のキリスト教国とイスラム教国との戦いの物語を、その後2冊書きました。「ロードス島攻防記」と「レパントの海戦」です。これらは3部作言われています。
実は、「コンスタンチノープルの陥落」を読み終えた後で、再び「ロードス島攻防記」を手にとってしまいました。
いずれこれも紹介したいと思います。
