三島由紀夫「豊穣の海」第4巻「天人五衰」を読んでいます。
主人公である本多繁邦はもうすでに78歳で、妻も数年前には他界しています。
人間は年をとればとるほど、現実と非現実の割合においてより非現実の割合が大きくなるようになるのでしょうか。78歳の本多にとっては、現実はもうすでに極めて希薄な、移ろいやすく、霞のかかったようなものになっています。
本多にとってより身近で実体のあるのは、かつての思い出であり、思念であり、愛であり、理想であり、友人清顕の面影です。そのもう既に半分死んでいるような本多が、最後に清顕の生まれ変わりの若者と出会う、というのがこの「天人五衰」の出だしです。
話は違いますが、この「豊穣の海」を通して読んでいると、三島の絶望感がひしひしと感じられます。その絶望とは、何に対しての絶望なのか?
おそらく最も大きいのは、戦後の「昭和」というあり方そのものでしょう。日本の日本たるもの、すなわち日本の美しさが、敗戦後の一億総懺悔の中で、悪しき軍国主義的思想や旧態依然たる階層社会等の諸々の旧弊とともに、根こそぎ洗い流されてしまった、というような意識が強くあったように思います。
戦後の日本の社会に違和感を覚えた日本人はおそらく多くいたでしょうが、三島は、それをとても純粋に、かつデリケートに感じた人だったのではないでしょうか。
それから、「老い」というものに対する思いもあったでしょう。三島の本多に関する描写を読むと、三島の「老い」に対する恐怖のようなものを感じます。「老い」というものをかなりどぎつく描きながら、そのどぎつさに自ら傷ついているような、そんな印象を受けます。
そう考えると、三島の豪華絢爛たる文体や小説、あるいは肉体を鍛え上げるその切羽つまった思いの裏側には、少年時代にそうだったようなか弱い、おばあちゃん子の、傷つきやすい別の三島がいたようにも思われます。
三島は45歳で自決しました。おそらくそれ以上は生きられなかった、老いていく自分を想像することができなかったのでしょう。
私は、すでに三島が死んだ年齢を過ぎてしまいました。もし三島が生きていたら・・・・・。彼はどんな「老い」を生き、そして死んでいったのでしょう。
三島はおそらく一生「仮面」をかぶって生きていたのでしょう。しかしその「仮面」は決して陳腐なものではなく、並の人間には到底できないような美と教養と思想に形づくらえたものです。しかしその一方で「仮面」の裏側に別の人間がいたのも事実で(「仮面」を長くかぶっていると、「仮面」そのものが肉体の一部となり、「仮面」と意識することもなくなるようになるかもしれません)、私はこの2人の三島に大変興味を持っています。