その夜も、美咲からの連絡は遅かった。

時計を見ると、もう日付が変わっている。

(今日は……無理かな)

そう思って、電気を落としかけたときだった。

スマホが、静かに震えた。

「今、少しだけ…」

《今、少しだけ話せますか》

短いメッセージ。

《もちろん》

即座に返す自分に、少し苦笑する。

結局、待っていたんだ。

声が、近い夜

「……もしもし」

「お疲れさまです」

声は、前のときより、明らかに弱っていた。

「……今日、ちょっと、きつくて」

それだけで、胸の奥が締まる。

「無理しないでください、って言いたいところですけど……」

言いかけて、止めた。

「……今日は、どうしました?」

初めての弱音

電話の向こうで、小さく息を吸う音。

「……患者さん、助けられなかったんです」

言葉は、淡々としている。

でも、淡々としているからこそ、重かった。

「最善は尽くしました。でも……」

そこで、言葉が途切れた。

俺は、何も言わなかった。

励ましも、正論も、今はいらない気がした。

 

 

 

「頼り方が、分からなくなる」

「……朝倉さん」

少し間を置いて、美咲が言った。

「前のとき……“分かってる”って言われて、
ちょっと、壁を感じたんです」

胸に、静かに刺さる。

「分かってもらえるのは、ありがたいです」

「でも……頼らなくていい、って言われてるみたいで」

その瞬間、ようやく気づいた。

(俺は、一人で頑張らせてたんだ)

「守る」と「並ぶ」の違い

「……ごめんなさい」

自然と、その言葉が出た。

「俺、守るつもりでいました」

「でも……それって、一歩引くことだった」

電話の向こうで、息を呑む気配。

「……俺は、隣にいたいです」

「話を聞いて、何もできなくても、一緒に重くなりたい」

自分でも驚くほど、素直な言葉だった。

声が、少し変わる

しばらくして、美咲が小さく笑った。

「……それ、ずるいです」

「え?」

「そんなこと言われたら……頼りたくなります」

声が、少しだけ、柔らかくなっている。

「……今夜は、それだけで、少し楽です」

同じ夜を生きている

「……美咲」

名前を呼ぶ。

「はい」

「今日は、ちゃんと、生きましたよ」

少し間。

「……朝倉さんも」

それだけで、十分だった。

電話を切ったあと、胸の中に、静かな確信が残った。

(守るんじゃない。並ぶんだ)

山では、ロープで繋がる。

恋では、言葉で繋がる。

それを、ようやく学んだ夜だった。