性の相談室

誰にも言えなかった悩みに寄り添う

続編・第1話

「彼のにおいが気になる」

登場人物

27歳の会社員・美穂。
30歳の恋人・拓也。
整体師・和真(58歳)。

二人は付き合って一年。

仲はいい。

結婚の話も少しずつ出ている。

けれど、美穂にはどうしても言えないことがあった。

恋人のデリケートゾーンのにおいが気になる。

最初は、「汗をかいたからかな」 と思っていた。

ところが、入浴したあとでも気になることがある。

さらに、美穂は拓也の包皮の状態も気になり始めた。

 

 

インターネットで調べれば調べるほど、

「感染症」

「包茎」

「手術」

という言葉が並ぶ。

そして、だんだん怖くなってしまった。

それでも拓也には言えない。

好きだからこそ、言えなかった。

「臭うよ」

なんて言えば、傷つけてしまう。

「病院へ行って」

と言えば、男として否定されたと思われるかもしれない。

そんなことを考えているうちに、美穂は性的な触れ合いそのものを避けるようになる。

当然、拓也は気づく。

「最近、俺のこと避けてない?」

「そんなことないよ。」

嘘をつく。

その嘘が、また苦しくなる。

そんな時、美穂はいつもの肩こりで、やすらぎ整体院を訪れる。

施術を受けながら、和真が言う。

「今日は、いつもより身体に力が入っていますね。」

「何かありましたか。」

一年以上通っている整体院だった。

だからこそ、美穂はようやく言えた。

「先生……男性のことで相談してもいいですか。」

「もちろんです。」

「彼の……においが気になるんです。」

和真は驚かなかった。

そして、手術を勧めることもしなかった。

「まず、二つに分けて考えましょう。」

「二つ?」

「清潔の問題なのか、炎症や感染症など医療的な問題なのかです。」

 

 

美穂は黙って聞いた。

「そして、包皮がかぶっているからといって、

それだけで病気というわけではありません。」

「そうなんですか?」

「はい。ただ、痛みや炎症を繰り返したり、清潔を保つのが難しかったり、

包皮がむけず困っていたりする場合には、泌尿器科で相談したほうが安心です。」

美穂は少し考えてから言った。

「私、先生に『手術してもらったほうがいい』って言われると思っていました。」

和真は笑った。

「手術が必要かどうかを決めるのは、整体師ではありませんよ。」

美穂も思わず笑った。

張り詰めていた空気が、ほんの少し緩んだ。

「それより大切なのは、あなたが不安を抱えたまま我慢しないことです。」

「性感染症が心配なら、お二人で検査を受ける方法もあります。」

「二人で……。」

「はい。『あなたが悪い』ではなく、

『二人の健康のために一緒に確認しよう』と伝えてみたらどうでしょう。」

美穂はその言葉を何度も心の中で繰り返した。

 

 

 

 

あなたが悪い、ではない。

二人のために、一緒に考える。

それなら言えるかもしれない。

その夜。

美穂は拓也の隣に座った。

「ちょっと話していい?」

「何?」

心臓がドキドキする。

それでも逃げなかった。

「私ね、あなたのことが嫌だから言うんじゃないよ。」

拓也の表情が少し固くなった。

美穂は続けた。

「これからも一緒にいたいから、二人の身体のこと、ちゃんと話せる関係になりたい。」

そして初めて、自分が感じていたにおいへの不安を話した。

拓也はしばらく黙っていた。

やはり傷つけてしまっただろうか。

そう思った時だった。

「……実は俺も気になってた。」

美穂は顔を上げた。

「病院へ行くのが恥ずかしくてさ。」

今度は二人とも笑った。

何か月も一人で悩んでいたことが、話してみれば数分で「二人の問題」に変わった。

美穂は拓也の手を握った。

「じゃあ、一度ちゃんと診てもらおう。」

「うん。」

 

 

性の悩みは、とても言いにくい。

好きな相手だからこそ、もっと言いにくいこともある。

けれど――。

愛することと、我慢することは同じではない。

相手の身体を大切にすること。

自分の身体も大切にすること。

そして、言いにくいことほど二人で話せること。

それもまた、愛情なのかもしれない。

違うから、好きになった

五十代、初めて恋をした

最終話 違うままで、いい

 

再会してから二週間。

修司と真由美は、まだ恋人ではなかった。

毎日連絡を取るわけでもない。

次に会う約束もしていない。

それでも。

以前とは少し違った。

朝、修司がスマートフォンを見る。

真由美から何も来ていない。

それでいい。

以前なら、

――どうして連絡がないんだろう。

そんなことを考えたかもしれない。

今は。

――今日は何してるのかな。

それくらいだった。

真由美も同じだった。

修司から連絡がなくても、不安にはならない。

むしろ。

「今日は静かに過ごしてるんだろうな」

そう思うと、少し笑えた。

修司は静かな休日が好き。

真由美は出かける休日が好き。

それでいい。

そう思えるようになっていた。

ある水曜日。

修司からメッセージが届いた。

「今度の日曜日、時間ありますか」

真由美は画面を見て笑った。

相変わらずだった。

「会いたい」

とは書かない。

「時間ありますか」

である。

 

 

 

 

真由美は返信した。

「ありますよ」

すぐに返事が来た。

「では、十一時に以前のカフェでどうでしょう」

真由美は少し考えた。

そして。

「十一時半がいいです」

送信。

しばらくして。

「分かりました」

返ってきた。

真由美は笑った。

以前なら修司は、

「なぜ十一時半なんですか」

くらい聞いたかもしれない。

今は聞かない。

そして真由美も。

当日になって、

「やっぱり十二時で」

とは言わないつもりだった。

二人とも。

ほんの少しだけ成長していた。

日曜日。

修司は十一時十五分にカフェの前へ着いた。

十五分前。

ここは変わらない。

変える必要もない。

十一時二十五分。

真由美が歩いてきた。

修司は時計を見る。

五分前。

「早いですね」

真由美が言った。

「十五分前です」

「相変わらず」

「真由美さんこそ五分前ですよ」

「成長したでしょう?」

「あと十分ですね」

「何であなた基準なのよ」

二人で笑った。

その笑い方が。

付き合い始めたころに少し似ていた。

カフェへ入る。

 

 

窓際の席。

修司はコーヒー。

真由美はメニューを見ながら迷っている。

「カフェラテじゃないんですか?」

「今日はこれ」

真由美が指さした。

季節限定のフルーツティー。

修司は小さく笑った。

「何?」

「やっぱり期間限定なんですね」

「悪い?」

「いいえ」

「飲んでみる?」

「私はコーヒーでいいです」

「人生、冒険しないと」

「この前、予定にない店へ入りました」

「それだけで冒険?」

「私には十分です」

また笑った。

注文した飲み物が届く。

しばらく。

何でもない話をした。

仕事。

最近見た映画。

修司が一人で出かけたこと。

真由美が友人と日帰り旅行へ行ったこと。

話題はたくさんあった。

不思議だった。

付き合っていた最後のころ。

あれほど会話が続かなかったのに。

今は。

沈黙さえ苦しくない。

真由美がフルーツティーを飲んだ。

「おいしい」

「よかったですね」

「一口飲む?」

「結構です」

「頑固」

「好みです」

真由美が笑った。

「そうだね」

修司が少し驚いた。

以前なら。

「せっかくなんだから飲んでみればいいのに」

と言ったかもしれない。

今日は。

「そうだね」

それだけ。

その一言が。

妙に嬉しかった。

しばらくして。

修司がカップを置いた。

「真由美さん」

「はい」

少し声が真面目になった。

真由美にも分かった。

大事な話だ。

修司は少し考えてから言った。

「別れてから、ずっと考えてたんです」

真由美は黙って聞いた。

「どうして、あんなに喧嘩するようになったのか」

「うん」

「最初は真由美さんの違うところが面白かった」

真由美が少し笑う。

「予定を壊すところ?」

「それも含めて」

「壊してないよ。変更しただけ」

「そこは今、議論しません」

二人で少し笑った。

そして。

修司は続けた。

「でも付き合ってるうちに……」

言葉を探す。

「いつの間にか、真由美さんを自分に合わせようとしてた」

真由美は何も言わなかった。

「時間はこうするべき」

「はい」

「お金はこう使うべき」

「うん」

「休日はこう過ごすべき」

「うん」

「予定は守るべき」

真由美が言った。

「それは今でも思ってるでしょう?」

修司は少し考えた。

「思ってます」

真由美が吹き出した。

「そこは変わらないんだ」

「でも」

修司も笑った。

「私がそう思っていることと、真由美さんにも同じようにしてもらうことは、

別なんだと思います」

真由美の笑顔が少し柔らかくなった。

修司は続けた。

「俺、君を自分に合わせようとしてた」

初めてだった。

今日は。

「私」ではなく、

「俺」。

「真由美さん」ではなく、

「君」。

真由美には、その変化が分かった。

少しだけ。

付き合っていたころの修司に戻った。

真由美はカップを両手で包みながら言った。

「私も」

修司が顔を上げる。

「私も修司さんを変えようとしてた」

「そうですか」

「そうだよ」

真由美は笑った。

「もっと出かけてほしい」

「はい」

「もっと気楽になってほしい」

「はい」

「もっと連絡してほしい」

「はい」

「もっと高いランチも食べてほしい」

「それは――」

「今、反論しない」

修司は口を閉じた。

真由美が笑った。

「私もね、自分の楽しみ方が正しいと思ってた」

「はい」

「自由なほうが楽しい。予定なんて変わってもいい。

せっかくの休日なんだから出かければいい」

少し間を置く。

「でも、修司さんには修司さんの楽しいがあるんだよね」

修司はうなずいた。

「あります」

「家で本読んでるだけでも?」

「かなり楽しいです」

「理解できない」

修司が笑った。

「理解しなくていいんじゃないですか」

真由美が修司を見る。

「そうか」

「はい」

「理解できなくてもいいのか」

「たぶん」

修司はコーヒーを飲んだ。

「そういうことなんじゃないですかね」

真由美は少し考えた。

そして。

「楽だね、それ」

と言った。

「そうですね」

付き合っていたころ。

二人は何でも理解し合わなければいけないと思っていた。

恋人なら。

同じものを好きになって。

同じ場所へ行って。

同じ時間を過ごして。

同じように考える。

それが仲のいい恋人なのだと。

恋愛経験のない二人は、

どこかでそんなふうに思っていた。

でも。

五十年以上。

別々に生きてきた人間が、

一年や二年付き合ったからといって、

同じ人間になるはずがない。

修司が言った。

「違うところが好きだったのにな」

真由美が笑った。

「ほんと。変なの」

「途中から腹が立ちました」

「私も」

「かなり」

「私もかなり」

二人で笑った。

そして。

少し長い沈黙。

修司が窓の外を見る。

真由美も見る。

街を歩く人。

家族。

夫婦。

恋人。

みんな違う歩き方をしている。

修司が口を開いた。

「真由美さん」

「はい」

「もう一度……」

そこで止まった。

真由美は待った。

「付き合ってみませんか」

真由美はすぐには答えなかった。

修司の顔を見る。

真剣だった。

以前と同じ。

でも。

少し違う。

真由美が聞いた。

「また喧嘩するかもよ」

「するでしょうね」

「するんだ」

「しないとは言えません」

「正直だね」

「一度失敗してますから」

真由美は笑った。

「私、予定変えるよ」

「毎回じゃなければ」

「修司さん、また細かいこと言うでしょう?」

「言うと思います」

「高いランチも食べるよ」

「自分のお金なら」

「またそれ」

二人で笑った。

修司が言った。

「でも今度は」

「うん」

「違うからって、相手を直そうとするのはやめませんか」

真由美は少し黙った。

そして。

「うん」

と答えた。

修司は聞いた。

「それは……」

「何?」

「付き合うということでいいんでしょうか」

真由美が呆れたように笑った。

「そこ、確認する?」

「大事なところですから」

「相変わらずだね」

「はい」

真由美は笑った。

「付き合いましょう」

修司も笑った。

こうして。

二人はもう一度、

恋人になった。

ただし。

前とは少し違った。

毎週会うと決めない。

会いたいときに会う。

修司が一人で静かに過ごしたい休日は、一人で過ごす。

真由美が友人と出かけたい日は、出かける。

映画も。

修司が歴史映画を見たいなら一人で見る。

真由美が恋愛コメディを見たいなら一人で見る。

たまに。

どちらかが相手に付き合う。

そのくらいでいい。

趣味を全部共有しなくてもいい。

毎日長いメッセージを送らなくてもいい。

連絡したくなったらする。

ただし。

「おはよう」

「おやすみ」

それだけでも。

相手がそこにいると分かればいい。

そして。

ホテルへ行くことも。

二人にとって大切な時間だった。

でも。

それだけにしない。

公園を歩く。

知らない町へ行く。

カフェで話す。

何もしないでベンチに座る。

触れ合うことも。

話すことも。

一緒に笑うことも。

それぞれ一人で過ごすことも。

全部。

二人の恋だった。

復縁してから最初のデート。

二人は街を歩いた。

修司は一応、行きたい場所を二つだけ調べてきた。

以前なら。

昼食。

カフェ。

移動時間。

帰りの電車まで決めていた。

今日は。

二つだけ。

真由美が驚いた。

「これだけ?」

「はい」

「大丈夫?」

「何がです?」

「不安にならない?」

「少し」

真由美が笑う。

「じゃあ、今日はこの店入ってみよう」

路地に小さな店があった。

修司は看板を見る。

予定にはない。

「いいですよ」

真由美が修司を見る。

「本当に?」

「はい」

「無理してない?」

「少し」

「してるんじゃない」

二人で笑った。

夕方。

駅へ向かう。

並んで歩く。

以前と同じ道。

でも。

何かが違った。

修司は真由美の右手を見る。

真由美の手は自然に下がっている。

修司は自分の左手を見る。

少し迷った。

真由美が気づく。

「何?」

「いや……」

修司は手を差し出した。

真由美がその手を見る。

そして。

笑った。

「最初も、ここからだったね」

「そうですね」

「ずいぶん時間かかったよね」

「今回は少し上手になりました」

 

 

「手をつなぐのが?」

修司は少し考えて。

言った。

「恋愛が」

真由美は一瞬黙った。

そして。

声を出して笑った。

「それ、自分で言う?」

「前よりは」

「本当に?」

「たぶん」

真由美は笑いながら、

修司の手を握った。

温かかった。

初めて手をつないだ日。

修司の手は緊張で固かった。

真由美の手も同じだった。

今日は。

力が入っていない。

ただ。

自然につながっていた。

二人は歩き始めた。

修司は少し歩くのが速い。

真由美は途中で店を見ると遅くなる。

「あ、あれ」

真由美が立ち止まりそうになる。

修司も少しだけ速度を落とす。

でも。

引っ張らない。

「見てきます?」

「今日はいい」

また歩く。

今度は真由美が少し速い。

修司は自分の速度を無理に守らない。

少し速く歩く。

でも。

ずっと合わせるわけでもない。

真由美も修司を引っ張らない。

速くなったり。

遅くなったり。

少し離れそうになったり。

また近づいたり。

それでいい。

同じ歩幅でなくても。

同じ方向へ歩いていければいい。

二人はようやく分かった。

恋愛とは。

二人で一人になることではない。

違う二人が、

違うまま隣を歩くことなのかもしれない。

修司は几帳面なまま。

真由美は気まぐれなまま。

修司は静かな休日が好きなまま。

真由美は出かけることが好きなまま。

きっと。

これからも喧嘩する。

「また予定変えるんですか」

「いいでしょう、このくらい」

そんなこともあるだろう。

でも今度は。

相手の違いを、

間違いだとは思わない。

違うから。

修司は真由美に出会った。

違うから。

真由美は修司に惹かれた。

そして。

違うことを忘れたから、

二人は一度別れた。

五十代になって始まった、

二人にとって初めての恋。

手をつなぐだけで大事件だった。

抱きしめることにも戸惑った。

初めてのキスのあとには、

「こんな感じでいいのかな」

「私に聞かれても困ります」

と笑った。

身体の距離が近づいて。

心まで全部分かったつもりになった。

喧嘩した。

別れた。

忘れようとした。

それでも忘れられなかった。

そして。

もう一度出会った。

遠回りだった。

でも。

その遠回りがなければ、

二人には分からなかったのかもしれない。

真由美が修司の手を少し強く握った。

修司も握り返す。

二人の前には、

夕暮れの道が続いている。

これからどこまで一緒に歩くのか。

二人にも分からない。

結婚するのか。

ずっと恋人のままなのか。

それも。

今は決めなくていい。

修司は予定を立てるのが好きだった。

でも。

人生には、

予定を決めなくてもいいことがあると知った。

真由美は予定を決めないのが好きだった。

でも。

誰かと約束して、その日を楽しみに待つ幸せも知った。

二人は、

お互いから少しずつ何かをもらった。

それでも。

同じ人間にはならなかった。

それがよかった。

二人の歩幅は、

やっぱり少し違っていた。

それでも。

つないだ手は離さなかった。

 

 

違うから、好きになった。

違うから、別れた。

そして――

違ったまま一緒にいることを、二人はようやく覚えた。

修司が少し先を歩く。

真由美が言った。

「ちょっと速い」

「あ、すみません」

修司が速度を落とす。

数歩歩いて。

真由美が笑った。

「でも、全部合わせなくていいよ」

修司も笑った。

「そうでした」

二人はまた歩き始める。

同じ歩幅ではない。

でも。

同じ方向へ。

今度は、

違うままで。

――完――

『身体は、今日も治ろうとしている』

自然治癒力を目覚めさせるやさしい整体

第3章

押して揉んで治るのか

整体と聞くと、多くの人は「強く押す」「ゴリゴリ揉む」「ボキボキ鳴らす」

というイメージを持っているかもしれません。

実際、昔の整体やマッサージでは、

「強い刺激ほど効く」という考え方が広く受け入れられていました。

「痛いけれど効く。」

「強く押してもらわないと物足りない。」

そんな言葉を耳にしたことがある人も多いでしょう。

しかし、本当に身体は強い刺激で治っているのでしょうか。


昔は強い刺激が好まれた

肩や腰が凝ると、誰かに強く揉んでもらいたくなることがあります。

強く押されると、その場では血流が良くなったように感じ、気持ち良さもあります。

施術を受けた直後には、

「楽になった。」

そう感じることも少なくありません。

 

 

そのため、「強く押すほど効果がある」という考え方が長く続いてきました。

もちろん、その施術で楽になる方もいます。

しかし、それだけが身体にとって最善とは限りません。


揉み返しは身体からのサイン

強い施術を受けた翌日、

身体がだるくなったり、

筋肉が痛くなったりした経験はないでしょうか。

これが一般に「揉み返し」と呼ばれるものです。

筋肉に強い刺激が加わると、

身体はそれを小さなダメージとして受け取ることがあります。

すると、その部分を守ろうとして炎症が起こったり、

筋肉がさらに緊張したりすることがあります。

つまり、身体は攻撃されたと感じ、防御反応を起こしている可能性があるのです。

すべての強い施術で揉み返しが起こるわけではありません。

しかし、刺激が強すぎれば、身体にとって負担になることもあります。

 

 

 

 

身体は戦うこともある

身体はとても正直です。

安心できる刺激には力を抜きます。

反対に、強すぎる刺激には身を守ろうとして力が入ります。

これは私たちが熱いものに触れた瞬間、

反射的に手を引っ込めるのと同じような反応です。

身体は危険を感じると、自分を守ろうとするのです。

そのため、力で無理に変えようとすると、

身体は受け入れるどころか抵抗してしまうことがあります。


優しい刺激でも身体は変わる

私は長年、「押さない・揉まない・力を入れない」整体を行ってきました。

初めて施術を受けた方は、よく驚かれます。

「本当にこれだけですか?」

「ほとんど触っていないですよね。」

そう言われることが少なくありません。

ところが施術後に立ち上がると、

「肩が軽い。」

「腰が動く。」

「首が回る。」

そんな変化が起こります。

強い力を使わなくても、身体は変わるのです。

むしろ、安心できる刺激だからこそ、身体は自ら力を抜き、

本来の働きを取り戻しやすくなります。

 

 

 

 

 

力で変える時代から、身体に任せる時代へ

整体は、施術者が力で身体を変えるものではありません。

本当に変えているのは、身体自身です。

施術者は、そのきっかけをつくっているだけなのです。

近年では、世界中で「優しい刺激」による施術法が数多く生まれています。

触れるだけ。

揺らすだけ。

軽く支えるだけ。

そんな穏やかな刺激でも、身体は驚くほど変化することがあります。

それは、身体が本来持っている自然治癒力を信じているからです。

私は、これからの整体は「力で変える時代」から、

「身体に任せる時代」へ進んでいくと考えています。

身体は、自分がどうすれば健康になれるのかを知っています。

その声に耳を傾け、邪魔をせず、そっと後押しすること。

それが、私の考える整体なのです。

違うから、好きになった

五十代、初めて恋をした

第9話 また、あの場所へ

 

別れてから、半年ほどが過ぎた。

修司の生活は、すっかり元に戻っていた。

朝起きる時間。

仕事へ行く時間。

夕食を食べる時間。

休日の過ごし方。

誰にも予定を変えられない。

突然、

「こっちへ行ってみません?」

と言われることもない。

修司の人生は、再びきれいに予定表の中へ収まっていた。

それなのに。

以前とまったく同じではなかった。

休日。

予定を立てずに散歩することが増えた。

知らない店を見つけると、少し立ち止まる。

たまには入ってみる。

そして、そんな自分に気づくたびに思う。

――真由美なら、迷わず入るんだろうな。

その日も、特に予定のない休日だった。

朝食を食べる。

コーヒーを飲む。

新聞を読む。

十時。

修司は時計を見た。

「さて……」

何をしよう。

以前なら前の日までに決めていた。

でも今日は何も決めていない。

修司は窓の外を見た。

よく晴れている。

そのとき。

ふと、一つの場所が頭に浮かんだ。

二人が初めてデートした町。

公園があって。

古い建物を改装した小さなカフェがある。

初めて二人だけで会った場所だった。

なぜ思い出したのか。

修司にも分からなかった。

ただ。

行ってみたくなった。

そこで修司は少し笑った。

「予定にないな」

真由美の声が聞こえた気がした。

「予定にないから面白いんじゃないですか」

「……そうでしたね」

誰もいない部屋で答えた。

修司は出かけることにした。

電車に乗る。

以前なら、乗る電車も帰りの時間も決めた。

今日は違う。

とりあえず駅へ行って。

来た電車に乗った。

修司としては、かなりの冒険だった。

町に着いた。

懐かしかった。

駅前の風景。

並木道。

小さな商店。

あの日。

真由美と並んで歩いた道。

もちろん。

今日は一人だった。

公園へ向かう。

ベンチがある。

二人で座ったベンチ。

修司は少し迷ってから座った。

隣は空いている。

 

 

ここで二人はまだ、

手をつなぐことさえできなかった。

修司は自分の左手を見た。

思わず笑う。

あのころは。

手を十センチ動かすだけで、

人生最大の決断のように緊張していた。

「よくやったな……」

五十三歳の自分を、今さら褒めたくなった。

しばらく公園を眺める。

子どもたち。

犬の散歩をする人。

ベンチで話す夫婦。

何も変わっていない。

変わったのは。

隣に真由美がいないことだけだった。

修司は立ち上がった。

あのカフェへ行った。

窓際の席。

初めてのデートで座った場所は空いていなかった。

少し離れた席へ座る。

「ご注文は?」

「コーヒーを」

注文してから。

修司は思った。

真由美なら何を頼んだだろう。

カフェラテ。

いや。

今日は気分で違うものを頼むかもしれない。

――期間限定。

たぶん、あの文字に弱い。

修司は一人で笑った。

そして。

少し寂しくなった。

その日は、それだけだった。

何かが起きたわけではない。

真由美に会ったわけでもない。

ただ。

思い出の場所を歩いて。

一人でコーヒーを飲んで。

帰った。

 

 

 

 

それなのに。

不思議と心が少し軽かった。

一か月ほどして。

修司はまた、その町へ行った。

今度も理由はなかった。

公園を歩く。

カフェへ入る。

帰る。

さらに数週間後。

また行った。

いつしか。

ときどき訪れる場所になっていた。

修司自身、

何を期待しているのか分からなかった。

いや。

たぶん。

分かっていた。

でも。

認めたくなかった。

もしかしたら。

真由美に会えるかもしれない。

そんな偶然を、

心のどこかで待っていた。

ただし。

修司は知らなかった。

同じことをしている人が、

もう一人いた。

真由美だった。

真由美も。

別れて数か月たったころ。

一人でその町を訪れていた。

理由は修司と同じ。

なんとなく。

行きたくなった。

初めて二人で歩いた道。

初めて二人で入ったカフェ。

あの公園。

真由美は一人で歩いた。

そして思った。

――高橋さんだったら、今ごろ地図見てるな。

少し笑った。

カフェへ入る。

メニューを見る。

値段を見る。

そして。

自分でも驚いた。

「……高いな」

言ってから、口を押さえた。

「嫌だ。高橋さんみたい」

一人で笑った。

でも。

その笑いは少し寂しかった。

真由美も。

それから、ときどきその町へ行くようになった。

二人は同じ場所へ来ていた。

ただ。

曜日が違った。

時間が違った。

一週間ずれていたこともあった。

午前と午後だったこともある。

すれ違っていた。

何度も。

そして。

ある休日。

修司はいつものように公園へ向かった。

午後二時すぎ。

木々の葉が風に揺れている。

いつものベンチ。

今日は先客がいた。

少し離れた場所から見えた。

女性が一人。

後ろ姿。

修司はそのまま歩こうとした。

しかし。

数歩進んで。

止まった。

何かが引っかかった。

髪。

肩。

座り方。

横に置かれたバッグ。

見覚えがある。

いや。

そんなはずはない。

修司は思った。

半年も会っていない。

ここにいるはずがない。

でも。

足が動かなかった。

女性が少し顔を横へ向けた。

修司の心臓が大きく鳴った。

間違いない。

声をかけるか。

迷った。

もし人違いだったら。

いや。

人違いの問題ではない。

真由美だったら。

もっと困る。

何を言えばいい。

「お久しぶりです」

違う。

「元気でしたか」

それも違う。

修司は半年ぶりに、

また恋愛初心者へ戻っていた。

そして。

結局。

出てきた言葉は、

名前だった。

「……真由美?」

女性の肩が動いた。

ゆっくり振り返る。

 

 

目が合った。

真由美だった。

驚いた顔。

しばらく。

何も言わない。

そして。

「……修司さん?」

付き合っていたころ。

二人はずっと、

「高橋さん」

「小林さん」

と呼び合っていた。

関係が深くなってから。

二人きりのときだけ。

少しずつ名前で呼ぶようになった。

久しぶりに聞く、

「修司さん」。

その一言だけで。

胸の奥にしまっていたものが、

一気に戻ってきた。

修司はベンチの前まで歩いた。

「久しぶりです」

「……久しぶり」

真由美が答える。

また沈黙。

二人とも。

こんなときの正しい会話を知らない。

もっとも。

付き合っていたころから、

正しい恋愛など一度もできていなかった。

修司が言った。

「元気でした?」

「うん。修司さんは?」

「元気です」

「そう」

「はい」

会話終了。

真由美が吹き出した。

「何?」

「半年ぶりなのに、それだけ?」

修司も笑った。

「何を話せばいいか分からなくて」

「相変わらずですね」

「真由美さんも」

「私、何もしてないでしょう」

その言い方。

その表情。

懐かしかった。

修司が聞いた。

「隣……いいですか?」

真由美は少しだけ迷ってから。

「どうぞ」

と答えた。

修司は座った。

ただし。

二人の間には、一人分くらいの空間があった。

以前と同じベンチ。

でも。

昔の恋人同士ではない。

今は。

何と呼べばいいのか分からない二人だった。

しばらく公園を眺めた。

真由美が聞いた。

「修司さん、どうしてここに?」

「それは……」

修司は少し考えた。

格好のいい理由などない。

「なんとなくです」

「なんとなく?」

「来たくなって」

真由美が修司を見る。

「今日だけ?」

「いや」

修司は少し恥ずかしくなった。

「何度か来てます」

真由美の表情が変わった。

「何度か?」

「はい」

「いつから?」

「三か月くらい前からかな」

真由美が黙った。

修司が聞く。

「どうしました?」

「私も」

「え?」

「私も来てた」

今度は修司が黙った。

「ここに?」

「うん」

「何度も?」

「たぶん……四回くらい」

修司は驚いた。

「私は五回くらいです」

真由美が笑った。

「そこ、張り合うところ?」

「いや、そういう意味では」

二人で笑った。

半年ぶりだった。

二人で同じことで笑うのは。

真由美が言った。

「じゃあ、今まで何度もすれ違ってたのかな」

「かもしれませんね」

「もっと早く会ってたかもしれないんだ」

「そうですね」

少し沈黙。

今度の沈黙は。

さっきほど苦しくなかった。

修司が聞いた。

「真由美さんは……どうして?」

真由美は公園を見ながら答えた。

「分からない」

「分からない?」

「うん。ただ来たくなった」

修司と同じだった。

「ここ、初めて二人で来た場所でしょう」

「はい」

「最初は一回だけのつもりだったの」

「私もです」

「でも、また来たくなって」

「私も」

真由美が修司を見る。

「真似しないでよ」

「してません」

また笑った。

真由美は少し真面目な顔になった。

「ここへ来るとね」

「はい」

「嫌だったことより、楽しかったことを思い出すの」

修司は黙って聞いた。

「初めて二人でご飯食べたこととか」

「はい」

「何話していいか分からなくて、二人とも黙ったこととか」

「ありましたね」

「手をつなぐのに、ものすごく時間かかったこととか」

修司は少し恥ずかしくなった。

「それは忘れてください」

「嫌です」

真由美が笑う。

そして。

少しだけ声を落とした。

「修司さんの嫌だったところも、思い出すんだけどね」

「……それは忘れてください」

「もっと嫌です」

二人で笑った。

修司も言った。

「私も同じです」

「何が?」

「真由美さんの嫌だったところ」

「いっぱいあった?」

「まあ……」

「そこは否定してよ」

「でも」

修司は続けた。

「今は、それも懐かしいんです」

真由美の笑顔が止まった。

修司は前を向いたまま話す。

「予定を急に変えるところ」

「うん」

「待ち合わせがぎりぎりなところ」

「それは今も変わってません」

「でしょうね」

「何、その言い方」

「あと」

「まだあるの?」

「知らない店を見つけると、すぐ入るところ」

真由美は黙った。

修司が小さく笑った。

「別れてから、私も入るようになりました」

「え?」

「予定にない店」

真由美が目を丸くした。

「修司さんが?」

「はい」

「大丈夫だった?」

「何がです?」

「具合悪くならなかった?」

修司は笑った。

「そこまで几帳面じゃありません」

「いや、かなりですよ」

二人で笑った。

今度は真由美が言った。

「私もね」

「はい」

「待ち合わせ、少し早く行くようになった」

「何分前です?」

「五分」

修司は考える。

「もう少しですね」

「ほら!」

真由美が笑いながら修司の腕を軽く叩いた。

その瞬間。

二人とも止まった。

付き合っていたころなら。

何でもない仕草。

でも今は。

別れた二人だった。

真由美は慌てて手を引いた。

「ごめん」

「いや……」

また少し沈黙。

でも。

修司の胸は温かかった。

嫌ではなかった。

むしろ。

懐かしかった。

二人は長い時間、話した。

別れてから何をしていたか。

仕事。

休日。

一人で行った場所。

最近見た映画。

食べたもの。

何でもない話。

付き合っていた最後のころ。

あれほど話すことがなかったのに。

今日は。

話が尽きなかった。

真由美が言った。

「不思議だね」

「何がです?」

「付き合ってた最後のころより、今のほうが話してる」

修司も思っていた。

「そうですね」

「どうしてだろう」

修司は少し考えた。

「何かを求めてないからじゃないですか」

「求めてない?」

「付き合ってたころは……」

言葉を選ぶ。

「真由美さんに、私のことを分かってほしかった」

真由美は黙って聞いた。

「私の考え方を理解してほしい。私に合わせてほしい。そう思ってた気がします」

真由美も小さくうなずいた。

「私も」

「はい」

「修司さんに変わってほしいと思ってた」

二人とも。

ようやく分かった。

別れたから。

少し離れたから。

見えるようになったものがあった。

相手の違いは、

間違いではない。

ただ。

違うだけ。

それを二人は、

付き合っているうちに忘れてしまった。

夕方。

公園の影が長くなった。

真由美が立ち上がった。

「そろそろ帰ろうかな」

修司も立った。

「駅まで一緒に行きます」

「うん」

二人は並んで歩いた。

昔と同じ道。

でも。

手はつながなかった。

不思議と。

寂しくはなかった。

駅が近づいた。

修司は思った。

ここで別れたら。

また会えるのだろうか。

それとも。

今日だけの偶然で終わるのだろうか。

聞きたい。

でも。

怖い。

修司はまた、

五十三歳の恋愛初心者に戻っていた。

改札の前。

真由美が言った。

「今日は……びっくりした」

「私もです」

「でも」

「はい」

「会えてよかった」

修司は真由美を見る。

「私もです」

真由美が少し笑った。

そして。

改札へ向かおうとした。

「真由美さん」

修司が呼び止めた。

「何?」

「その……」

まただ。

真由美は思った。

この人は大事なことを言うとき、

必ず「その……」から始まる。

少し笑った。

「はい」

修司は言った。

「また……ここに来ますか?」

真由美はすぐには答えなかった。

少し考えて。

「たぶん」

「いつ?」

真由美が笑った。

「そこまで決めたら、修司さんの予定になっちゃうでしょう」

修司は黙った。

真由美が続けた。

「予定にないほうが、面白いんじゃなかった?」

修司も笑った。

「そうでした」

「じゃあ」

「はい」

「また、そのうち」

真由美は改札へ入っていった。

修司はその後ろ姿を見送った。

今度は。

真由美が振り返った。

 

 

そして。

小さく手を振った。

修司も手を振った。

半年ぶりだった。

別れの日。

二人は手を振れなかった。

今日は。

振ることができた。

恋人に戻ったわけではない。

復縁を約束したわけでもない。

次に会う日さえ決めていない。

でも。

何かが。

ほんの少しだけ、

もう一度動き始めていた。

二人とも同じ場所へ来ていた。

同じ思い出をたどって。

同じように相手を思い出して。

そして今日。

ようやく会えた。

それは偶然だったのかもしれない。

でも。

修司には。

少しだけ違うように思えた。

人生には。

予定していなかったからこそ、

出会えるものがある。

そして。

一度離れたからこそ、

もう一度見えるものもある。

五十代。

初めての恋。

初めての別れ。

そして今。

二人は初めて――

「もう一度、好きになるかもしれない人」と再会した。

 

『性は、生きること』

誰にも言えなかった悩みに寄り添う整体師の物語

最終話 「性は、生きること」

「こんにちは。」

やすらぎ整体院の扉が静かに開いた。

入ってきたのは七十二歳の山田隆と、七十歳の妻・節子。

二人は数年前から夫婦で通っている常連だった。

迎えたのは五十八歳の整体師・和真。

白い施術着のまま、いつものように笑顔で迎えた。

「お元気でしたか。」

「おかげさまで。」

二人は穏やかに笑った。

まずは隆の施術から始まる。

押さない。

揉まない。

力も入れない。

オーリングテストで身体の反応を確認していく。

首。肩。腰。骨盤。胸郭。

年齢相応の疲れはあるものの、以前より身体の反応は落ち着いていた。

「歩いていますね。」

和真が笑う。

「先生に言われてから毎日三十分。」

隆も笑った。

「続いています。」

次は節子。

首や肩の緊張は少なく、呼吸も以前より安定していた。

「身体がずいぶん変わりましたね。」

「最近は夜もよく眠れるようになりました。」

施術が終わると、三人はいつものようにお茶を飲みながら話をしていた。

しばらくして隆が静かに口を開いた。

「先生。」

「はい。」

「最近、ずっと考えていたことがあるんです。」

和真は静かに耳を傾けた。

隆は少し照れながら笑った。

「若い頃は、性ってセックスのことだと思っていました。」

節子もうなずく。

「私もそうでした。」

「だから、夫婦生活がなくなった時、『もう終わった』と思っていたんです。」

部屋は静かな空気に包まれた。

和真は穏やかに微笑んだ。

「今はどう思われますか。」

隆は節子の顔を見た。

「今は違います。」

「朝、『おはよう』って言うこと。」

「一緒にご飯を食べること。」

「散歩すること。」

「寒い日に肩へ毛布を掛けてあげること。」

節子は優しく笑った。

「疲れているときに、背中をさすってくれること。」

「手をつないで歩くこと。」

「それだけでも幸せなんです。」

和真は静かにうなずいた。

「性という字は、『心』と『生きる』ことにもつながると言われることがあります。」

「人を大切に思う気持ち。」

「触れたいと思う気持ち。」

「寄り添いたいと思う気持ち。」

「それも、人が生きていくうえで、とても自然なことだと思います。」

 

 

隆は照れくさそうに笑った。

「先生。」

「はい。」

「性って、セックスだけじゃないんですね。」

和真は優しく微笑んだ。

「そうですね。」

「触れたいと思う気持ちは、一生なくならないと思います。」

「年齢を重ねるほど、その触れ方は優しくなり、

相手を思いやるものになっていくのかもしれません。」

節子の目に小さな涙が浮かんだ。

「私たち、もう遅いと思っていました。」

和真は静かに首を横に振った。

「遅いということはありません。」

「今日、大切な人の手を握ろうと思えたなら、その日が新しい始まりです。」

帰り道。

夕暮れの遊歩道を、二人はゆっくり歩いていた。

隆が少し照れながら手を差し出す。

節子は何も言わず、その手を握った。

少し歩いたあと、節子は自然に隆の肩へ寄り添った。

隆もそっと肩を抱く。

言葉はない。

でも、その沈黙は温かかった。

夕日に照らされた二人の影が、ゆっくりと一つになる。

やすらぎ整体院の玄関から、その後ろ姿を見送る和真は、小さくつぶやいた。

「身体は、歳を重ねます。

けれど、人を思いやる心は歳を取りません。

触れたいと思う気持ち。

寄り添いたいと思う気持ち。

そのぬくもりこそが、人が生きる力なのだと思います。」

 

 

夕暮れの風がやさしく吹き抜けた。

二人は手をつないだまま、ゆっくりと家路へ歩いていった。

その背中には、長い人生をともに歩いてきた夫婦だけが持つ、

穏やかな幸せが静かに宿っていた。

 

あとがき

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

この本を書き始めたとき、私が一番伝えたかったことがあります。

それは、性は特別なことではなく、人生の一部であるということです。

性について話すことは、今でもどこか恥ずかしいものとして受け止められがちです。

だからこそ、多くの方が誰にも相談できず、一人で悩み続けています。

しかし、悩みを言葉にした瞬間、心が少し軽くなることがあります。

「実は……。」

その小さな一言が、新しい一歩になることを、この物語の中で描いてきました。

整体師として多くの方と接していると、身体の痛みだけではなく、

その奥にある不安や悲しみ、寂しさに触れることがあります。

身体と心は、決して別々ではありません。

だから私は、身体を整えることは、

その人らしく生きる力を取り戻すお手伝いだと考えています。

一方で、この本の中でも繰り返しお伝えしてきたように、

整体だけですべての悩みを解決できるわけではありません。

婦人科や泌尿器科など、

医療機関で診察や治療を受けることが必要な場合もあります。

だからこそ、医療と整体は対立するものではなく、

お互いを支え合う存在であってほしいと願っています。

 

 

必要なときには医療の力を借り、身体全体を整えるという視点も持つこと。

その積み重ねが、安心につながり、

より豊かな人生へとつながっていくのだと思います。

この本には、若い方から七十代のご夫婦まで、

さまざまな年代の方が登場しました。

悩みの内容は違っても、皆さんに共通していたのは、

「大切な人を思う気持ち」

でした。

年齢を重ねると、身体は少しずつ変化していきます。

できなくなることも増えていくでしょう。

それでも、人を思いやる心まで老いることはありません。

手をつなぐこと。

背中をさすること。

「おはよう」と声をかけること。

「ありがとう」と伝えること。

その一つひとつが、人と人を結ぶ大切なぬくもりなのだと思います。

もし、この本を閉じたあと、

「一人で悩まなくてもいい。」

「誰かに話してみよう。」

「自分の身体を、もう少し大切にしてみよう。」

そんな気持ちになっていただけたなら、著者としてこれ以上の喜びはありません。

最後に、この本を手に取ってくださった皆さまへ、心から感謝申し上げます。

そして、これからもどうか、ご自身の身体と、

大切な人を思いやる気持ちを大事にしてください。

触れたいと思う気持ちは、一生なくならない。

そのぬくもりこそが、人を支え、

人生を豊かにしてくれる力なのだと、私は信じています。

学舟