YANです!
新国立美術館で開催されている「ニッポンのマンガ✳︎アニメ✳︎ゲーム展」を観に行って来た。
この展覧会は、非常勤講師を勤めている大阪芸術大学短期大学部にあったチラシとで知った。チラシには、第一章から第八章に分かれての展示ということが書かれていたが、どんな内容の展覧会かはわからなかった。ただ、各章には「現代のヒーロー&ヒロイン」「テクノロジーが描くリアリティー 作品世界と視覚表現」「ネット社会が生み出したもの」など興味深いタイトルが付けられていた。
どんな作品がどんな風に展示されているのか非常に楽しみにしていったのだが…展示物には、首を傾げたくなるようなものが多かった。
これまで、たくさんのマンガやアニメ、ゲーム作品がつくられて来た。その中から選んで展示するということは、大変な作業だと思う。しかし、ただ「こんな作品がありますよ」と並べただけに過ぎない印象のうえ、統一感のない感じになってしまっており残念だった。
入場するとこの展覧会をマンガで紹介した小冊子が貰える。その中に「震災などの大きな出来事、そしてインターネットをはじめとするテクノロジーの進化。この25年間の社会や技術と関係しあいながらたくさんの作品がつくられたんだ」とある。まさに、この部分を掘り下げるべきだったのではないだろうか。
作品の人気が社会や業界に多大な影響を及ぼしたケースや、逆に事件や社会情勢が作品を生み出す、きっかけや影響を与えたケース、また、作品の人気・知名度とは裏腹にターニングポイントになった作品などもあるだろう。そういったものがテーマや時系列にそって展示されていれば面白いものになったのではないかと思うのだ。
以下、各章ごとの感想を述べる。
第1章)現代のヒーロー&ヒロイン
パネルと映像で展示。14作品、17点。
作品、キャラクター選定が疑問だった。
なぜ、このキャラクターなのか?
「現代の」と、うたうのなら、過去のヒーロー&ヒロイン像とどう違うのか、どの辺が現代を反映させているのかを考察するべき。
1989年以降の25年間の作品を紹介しているのだが、古いキャラが多く、現代のヒーロー&ヒロインと言えるのかが疑問。
第2章)テクノロジーが描く「リアリティー」ー作品世界と視覚表現
「現実の技術の延長にあるテクノロジーが普及した世界」を描いた作品の紹介と、「現実の世界でここまでリアルな映像を作れるようになりましたよ」という作品の紹介が混在していて混乱する。
第3章)ネット社会が生み出したもの
ネットで公開されたものが人気を博して別のジャンルへ展開されるというのは納得できる。ただ、作品選定には?
むしろ、初音ミクなどはここに入れておくべきではないかと思う。ブラックロックシューターとか。
第4章)出会う、集まるー「場」としてのゲーム
ゲームについては、あまり詳しくないのでなんだが、一人で楽しむものから、対戦型を経て、皆でいっしょにあそぶようになり、それがネットを介して離れた場所にいても一緒にゲームできるように進化してきた流れはわかる。
まだ現役で使用しているゲーム機が展示されているのは少々奇異な感じを受けるが、それはまあ、良いとして、実際にプレイできる体験展示は必要ないと感じた。美術館の展示室で太鼓の達人をプレイできるようにするのはどうなんだろうか?
第5章)キャラクターが生きる=「世界」
紹介されていたのは、恋愛シミュレーションや育成ゲーム。プレイヤーがプロデューサーなど現実世界では叶わない別の自分となって楽しむバーチャルリアリティーな世界だ。キャラクターが生きる=世界というよりはキャラクターと生きる=世界といったほうが的確だと思う。
第6章)交差する「日常」と「非日常」
新世紀エヴァンゲリオンや最終兵器彼女などが展示されていた。これらの作品はもちろんだが、ほぼ、全ての作品が日常と非日常が交差する世界を描いているのではないかと感じる。
「らき☆すた」や「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などは、舞台になった場所が現実に存在することからセレクトされているのだが、これは、むしろ次の「現実とのリンク」にした方がふさわしいのではないかと感じた。
第7章)現実とのリンク
「いちえふ」は、東日本大震災後の福島の原子力発電所の作業員の日常を描いた作品。「あの日からのまんが」も同じく東日本大震災をテーマに描かれている。このような標題にふさわしい作品ばかりでなかったのが残念だった。展示点数は少なくても良いのでふさわしいものだけに絞るべきだと感じた。
第8章)作り手の「手業」
デジタル技術を取り入れた制作工程、手描きの素晴らしいアクションシーン。紹介されていたものはなかなか興味深かった。
ただ、ここの展示も何を示したいかが不明確だったと感じた。
デジタル技術の発展で、作品制作の方法や映像表現は変わったのは分かった。今まで表現できなかった描写が出来るようになったことで、作り手側がどう、変わったのか、あるいは、変わっていないのか?その辺りまで踏み込んで欲しかったところだ。
あるいは、もっと単純に、デジタル技術の導入前と後で、表現がここまで変わったというような見せ方でも良かったかもしれない。先に述べた「現実の世界でここまでリアルな映像を作れるようになりましたよ」という作品を2章ではなく、ここに入れても良かったのではないかと感じるのだ。
以上、色々と書き連ねた。
共感して頂けない部分もあると思うが、個人の感想であるので了承いただきたい。そのように感じた人も居るのだなぁと思って頂ければ幸いである。
※下書きをはじめてから文章を書き終わるまでに時間がかかってしまい、公開が遅くなってしまったことを付記しておく。

















