これで、アシモフの「われはロボット」を連想した人。
あなたは正しいです。

星野之宣がピンと来た人。あなたはマニアックです。
星野之宣がピンと来た人は、「ああ、これからKARCの事を書くんだな」と思うでしょう。

当たりです。

実は前回のキカイダーを書いているときにふと、思い出したのがこの話でした。

おはなし(記憶で書くのでいろいろ間違い有り)

あまりにも優秀だった、KARCは人の感情を理解し、その後に待ち受ける孤独を理解します。
しかし、彼は孤独な宇宙探査の旅に出ます。記録します。書き出しは「私はカーク船長・・・・・」

その後の話で、KARCは知的生命体と接触します。
しかしそれは、飛躍的に発達した宇宙航行技術で、かれを追い越してしまった人類だった。
皮肉にも、そこにはKARCの孤独に気づきながらも宇宙に送り出した人物が...。

亜光速で移動するKARCと通常航行ではそこまでの速度を出せない”現在の船”彼らはランデブーできません。
わずかな時間交信が可能なだけであった。

KARCは自らの使命どおり、知的生命体にコンタクトをとります。人類とは知らずに。
何と答えるべきか?人々は話しますが、KARCを送り出した彼女には答えが出ません。
なぜなら、彼に答えると言うことは「これまでの、そしてこれからの彼のたびがムダ」であることを告げることになるからです。
彼女はしっています。KARCには感情があると。
KARCからは「必死」とも思える通信が続きます。
何も答えない事を彼女は選択します。

わずかな交信可能時間が過ぎ、KARCは宇宙の奥へと飛び去ります。

その後、KARCは情報収集の手段を事故で壊し、ただただ宇宙をさまよう存在になります。
彼には使命すら果たすことが出来なくなりました。

それでも彼は記録を続けます。
「私はロケット・・・・」

人に近付いたキカイの悲しさ。人にならなければ不幸にならなかったのに。
そんな想いが巡ります。

こんな想いがキカイダーから、KARCを連想させた理由な気がします。