以前書いたエントリーで、予想したとおりこの話は書籍化された。
(つーか、前のエントリーでは「死ぬのが怖くなくなる話」にしてました。
間違ってますが、自戒の為にも直しません。)
その時は、この話をツイッター連載する作者、渡邊浩弐を中心にその様子とツイート内容が対比されると予想していた。
発売から数日遅れで入手した私は最初にパラパラとめくり、その予想が外れた事を目にする。
ツイート内容がそのまま載っているのだ。
日付、そしてツイート内容。
ツイッター連載していたので、一度は見たことがある文章がずらりと並ぶ。
リアルタイムでツイートを見て、その後のまとめサイトでも何度も再確認した文章だ。
実際に読み進めてみる。
不思議だ。何か不思議な感覚がある。
日本語書籍には珍しい横書きの文章だからか?
違う。時折入る色つきの部分があるからか?(ツイッターでは出来ない)
いや違う。
少し考えてみた.....。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「!!」そうか!本を読みながら追体験しているのだ。
連載中、いろんな人の感想・意見がリツイートされていた。
そういえば、あの時はこんな風に思った。
そして”このツイート部分では、リアルでこんな事があった”・
この本の内容はフィクションだ。(本当にそう思いますかw)
しかし”これをツイッターで読んでいたというノンフィクションな部分”が私の感情に入り込んでくるのだ。
連載中、実際に1つずつ流れてくるツイートを読んでいた私(時間が合わなくてその日の分をまとめ読みしたりもしましたが)。
この連載中は通常の連載小説と違い、同じ読者の方達と間違いなく「時間を共有」していた。
この感覚が書籍化後の感情に影響していると自覚できた。
特に丸ノ内線のくだりは思い出に残っていた。
「次のツイートはまだか?」とやきもきした。電車の移動速度に合わせたツイート。
そう、この連載中は「時間」という間も利用されていたのだ。
加えて私が新中野駅近辺に住んでいることから、距離感まで感じる事ができた。
(どんどんうちの方へ向かっているという感覚)
そのリアル感がフィクションに混じって思い出されるのだ。
本になってから、その連載時の細やかさがわかってくる。
逆に「時間に追われない書籍」では、その文章の意味を、伏線を何度も読み返せる。
(まとめサイトでも読み返せるが、本のページをめくる安易さに比べればネットは不便だ)
本になったとは言え、今でもまとめなどでこの内容を「タダ」で読むことは出来る。
いや、既に「タダ」で読んでいるのだ。その状態で書籍化だ。
大きな冒険だったと思う。
しかしそれは本になった。
読んでみた。
別の感想が生まれる。
文章というものは「媒体や公開の仕方」で異なる効果があるのだということを実感した。
ツイッターで読んでいて、まだ本を読んでいない人がいるならばぜひ読むことをオススメする。
連載時とはまた違う感想を抱くだろう。
えっ?読後なのに中身の感想がない?
ググって他の人の感想を読んでください。
その方が私が書いた文章を読むより、ずっと読みたくなりますよ。
(つーか、前のエントリーでは「死ぬのが怖くなくなる話」にしてました。
間違ってますが、自戒の為にも直しません。)
その時は、この話をツイッター連載する作者、渡邊浩弐を中心にその様子とツイート内容が対比されると予想していた。
発売から数日遅れで入手した私は最初にパラパラとめくり、その予想が外れた事を目にする。
ツイート内容がそのまま載っているのだ。
日付、そしてツイート内容。
ツイッター連載していたので、一度は見たことがある文章がずらりと並ぶ。
リアルタイムでツイートを見て、その後のまとめサイトでも何度も再確認した文章だ。
実際に読み進めてみる。
不思議だ。何か不思議な感覚がある。
日本語書籍には珍しい横書きの文章だからか?
違う。時折入る色つきの部分があるからか?(ツイッターでは出来ない)
いや違う。
少し考えてみた.....。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「!!」そうか!本を読みながら追体験しているのだ。
連載中、いろんな人の感想・意見がリツイートされていた。
そういえば、あの時はこんな風に思った。
そして”このツイート部分では、リアルでこんな事があった”・
この本の内容はフィクションだ。(本当にそう思いますかw)
しかし”これをツイッターで読んでいたというノンフィクションな部分”が私の感情に入り込んでくるのだ。
連載中、実際に1つずつ流れてくるツイートを読んでいた私(時間が合わなくてその日の分をまとめ読みしたりもしましたが)。
この連載中は通常の連載小説と違い、同じ読者の方達と間違いなく「時間を共有」していた。
この感覚が書籍化後の感情に影響していると自覚できた。
特に丸ノ内線のくだりは思い出に残っていた。
「次のツイートはまだか?」とやきもきした。電車の移動速度に合わせたツイート。
そう、この連載中は「時間」という間も利用されていたのだ。
加えて私が新中野駅近辺に住んでいることから、距離感まで感じる事ができた。
(どんどんうちの方へ向かっているという感覚)
そのリアル感がフィクションに混じって思い出されるのだ。
本になってから、その連載時の細やかさがわかってくる。
逆に「時間に追われない書籍」では、その文章の意味を、伏線を何度も読み返せる。
(まとめサイトでも読み返せるが、本のページをめくる安易さに比べればネットは不便だ)
本になったとは言え、今でもまとめなどでこの内容を「タダ」で読むことは出来る。
いや、既に「タダ」で読んでいるのだ。その状態で書籍化だ。
大きな冒険だったと思う。
しかしそれは本になった。
読んでみた。
別の感想が生まれる。
文章というものは「媒体や公開の仕方」で異なる効果があるのだということを実感した。
ツイッターで読んでいて、まだ本を読んでいない人がいるならばぜひ読むことをオススメする。
連載時とはまた違う感想を抱くだろう。
えっ?読後なのに中身の感想がない?
ググって他の人の感想を読んでください。
その方が私が書いた文章を読むより、ずっと読みたくなりますよ。