「産まなければよかった」
「ママをやめたい」
そう思うのは愛ゆえです!
という発信。
おっしゃる通り、思うのは仕方ない。
思っていい。
誰にも止められない。
だけど、「愛ゆえだから許される」なら、その愛は歪んでる。
世界中のママさんのためだかなんだかしらないけど、
「産まなければよかった」
「このまま◯んでくれても」
「産むのをやめようとした」
自身そう思った/したことを、12人産んだ助産師さんは度々公言してきた。
それは違う。
思ってしまうことと、子ども本人の目に触れるところで口にするのは、違う。
断じて違う。
実際に行動に移さなければ、面と向かって「◯ね」と言っても相手のこころは壊れないと思う?
12人産んだ助産師さんは、
12人の子どもたちに甘えすぎてる。
子どもはいつも、親が思う以上に、親を守ろうとしてる。
知らず自身を壊してまでも。
「産まなければよかった」
抱いてしまったその思いは、子どもには悟らせない。
墓場に持っていく。
子どもからの許しなど求めず、自分だけの苦しみとして一生抱え、自分とともに葬り去る。
それが愛だと、わたしは思う。
