「オウム返し質問」活用法(いわば、相づちとは・・・) | SC神戸中国語スクール 京都校

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タクシー乗務員のお仕事。

隔勤と呼ばれる20時間を超える乗務の2日目で自損事故を起こしてしまいました。

車の左前を電信柱に当ててしまいました。

会社に報告し、警察に来ていただき現場検証をしていただき、乗務はそこで終了し、会社に戻りました。

それから教育を受けたり報告書を書いたり。

 

絶対事故は起こさない。

 

そう思っていたのですがやってしまいました。

普段ならあり得ないことなのですが、走り始めて16時間ほどたったとき。

疲れていたのでしょう。

 

今日は休みで母を病院に連れていきました。

明日はまた20時間を超える乗務です。

 

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『聞く力-心をひらく35のヒント』

22 「オウム返し質問」活用法
22 “ 鹦鹉学舌 ” 提问法
22 “ yīngwǔxuéshé ” tíwènfǎ

 

相づちの話はまだ続きます。

 

いわば、相づちとは、燃えさかる薪ストーブの火を、じっと見守って、少し弱くなりかけたときにときどきあおぐ団扇のようなもの。って、そんな比喩じゃますますわからないかしら。

 

「そんな比喩じゃますますわからないかしら。」ってとてもかわいい、チャーミングな表現ですね。

わずか「かしら」をつけるだけで表現が変わる。

これは日本語の特徴ですね。

 

中国語表現は、

 

打 个 比方 , 随声附和 就 像 一 把 团扇 , 当 我们 守着 火炉 , 看见 里面 火势 变 弱 时 , 就 扇 两 下 , 让 火 再 旺起来 。
Dǎ gè bǐfang , suíshēngfùhé jiù xiàng yī bǎ tuánshàn , dāng wǒmen shǒuzhe huǒlú , kànjiàn lǐmiàn huǒshì biàn ruò shí , jiù shàn liǎng xià , ràng huǒ zài wàngqǐlái .
使用 这种 比喻 , 也许 越 说 越 不 明白 了 。
Shǐyòng zhèzhǒng bǐyù , yěxǔ yuè shuō yuè bù míngbai le .

 

团扇 [tuán shàn]

团扇又称宫扇、纨扇。

中国传统工艺品及艺术品。

是一种圆形有柄的扇子。

团扇起源于中国。

扇子最早出现在商代,用五光十色的野鸡毛制成,称之为“障扇”。

 

● 扇 shàn ㄕㄢˋ
 1. 摇动生风取凉的用具:~子。~坠(扇柄下端的装饰物)。~面儿。~形。
 2. 指板状或片状的屏:门~。隔~。
 3. 量词,用于门窗等:一~门。

其它字义
● 扇 shān ㄕㄢˉ
 1. 摇动扇子或其它东西,使空气加速流动成风:用扇子~。
 2. 鼓动别人去做不应该做的事:~动。~风点火。
 3. 用手掌打:~耳光。

 

“扇”という中国語には2つの発音があります。

1つは“shàn”(第4声)、もう1つは“shān”(第1声)。

 

日本語で「扇(おおぎ)」というと、名詞(物の名前)ですが、中国語では「(扇などを使って)あおぐ」という動作にも使われ、その場合には“shān”(第1声)という発音になります。

 

中国語ってたま~にこんなのがありますね。

 

ところで、「団扇」って日本のものだと思っていたのですが、中国が起源なのですね。

 

中国語のWikipediaには次の画像がありますし、“团扇”で画像検索すると色んな(刺绣团扇, 创意团扇, 长方形团扇, 芭蕉团扇, 白团扇, 长柄团扇, 彼岸花团扇, 芭蕉叶形扇, 创意团扇, 画diy团扇, 白描团扇, 插画团扇, 白色团扇, diy手工团扇, 持团扇)が出てきます。

 

 

「相づち」って日本語の場合にはとても大切ですね。

相手の話をちゃんと聞いているという合図でもありますし、阿川さんが比喩されているように、

 

燃えさかる薪ストーブの火を、じっと見守って、少し弱くなりかけたときにときどきあおぐ団扇のようなもの。

 

「団扇」であおがないと薪ストーブの火が消えてしまうかもしれませんものね。

 

中国ではどうでしょう?

 

もう40年以上も前になりますが、中国から日本に来た留学生と話をしていて、留学生が「相づち」を打たないのです。

「相づち」は打たないのですが、ちゃんと私の目を見て話を聞いてくれている。

でも、「うん」でも「はい」でもいいのですが「相づち」がないととても不安でした。

このときは、私が「話を聞いていますか?相づちがないので話を聞いてくれているのかどうか不安になります」と伝え、留学生は「(話は)ちゃんと聞いています」と答えてくれたのその後は、日本の習慣として「相づち」を打ったほうがちゃんと聞いているということになると説明し、留学生もわかってくれたのですが、今はどうなのでしょう?

 

長年中国と日本の間で業務をしていると、こんなとき、日本人(日本語を母語とし、日本の習慣の影響の強い人)はこころの中で「ウンともスンとも言わない。人の話をちゃんと聞いているのだろうか?」と思い、そこから「きっとちゃんと話を聞いているふりをしているだけで、人の話を聞いていないんだ」と勝手に思い込み、そこから「けしからん!」と怒りに変わる・・・

そういう場面に何度も出くわしました。

 

ちゃんと聞けばいいのに、聞かず、相手の気持を読むのはいいのですが、相手が外国人であることを忘れ、日本人として扱ってしまう。

そして読み間違いから誤解に発展していく。

 

思えばこれまでの人生で、日中間の問題や誤解を解決するときに、このような文化の違いによる問題や誤解を主に日本側に説明し、中国側の意図や思いを説明することで誤解が解けるということが何度もありました。

(もっとも一旦生じた誤解を特には時間がかかりますが)

 

日本と中国の間で仕事をしたり、生活したりしている方々一人ひとりがこのことを理解し、ちょうど草の根運動のように地道にコツコツと相互理解を深めるよう力を尽くすことが日中相互理解だけではなく、世界平和にも貢献することになるのでしょう。

 

そうそう、このことは日本語を母語としている人の間でもある問題のようです。

 

勝手な思い込みをせず、わからないときには素直に聞く。

 

これは万国共通なのかもしれません。