ビジョンが大きいと、これまでのやり方では実現できません。
如果设定的目标非常巨大,用以往的方法就无法实现。
如果 设定 的 目标 非常 巨大 , 用 以往 的 方法 就 无法 实现 。
Rúguǒ shèdìng de mùbiāo fēichang jùdà , yòng yǐwǎng de fāngfǎ jiù wúfǎ shíxiàn .
※「ビジョンが大きいと」という日本語表現に対して中国語表現が“如果设定的目标非常巨大”「もし、設定したビジョンが事情に巨大なものであったら」と「設定する」という動詞があることが中国の表現の特徴ですが、ここでは取り上げませんね。
中国語学習でもそうなるでしょう。
とても大きな目標を掲げ、それを是が非でも実現しようとすると毎日の学習方法、学習内容も変えなければならないですから。
そしてそれは新しいやり方を発見することになります。
新しいやり方を発見する人は超優秀なのでしょうか?
似鳥会長は;
発見は、いつもそのことを考えている人から出てきます。
と言います。
发现来自勤于思考的人。
もっと具体的に、似鳥会長は中学生ぐらいのとき、松下幸之助やエジソンといった偉人の伝記が好きでよく読んだといいます。
そして自分なりにわかったこととして;
“发明其实就是找到日常生活中的不平、不满和不便。如果能找出问题并加以解决,就等于做了任何人都没有做过的事”。
「発明発見というものは、実は日常生活の中で不平や不満、不便を探すことなのだ。そういう問題を見つけて、それを解決すると、それまで誰もやっていないことをやったことになるのだ」
日本語表現と中国語表現を見比べると、少しですが表現が違うところがあります。
このあたりが発想の違いです。
しかし、
「発明発見というものは、日常生活の中で不平や不満、不便を探すこと」というのはまさにすばらしい「発見」だと思います。
日常生活を生きていて、注意深く観察するということですよね。
確かに日常生活を注意深く生きていると、不便や問題点に気づき、それを解決する方法を考え出すと、それまで誰もやっていないことをやったことになる。
ニトリのNクールという商品があります。
夏でもひんやりするらしいのですが、これは似鳥会長が北海道から東京に出てきて、夏、蒸し暑いときになんとかならないかと思ったことから開発されたとTV番組で似鳥会長自身が説明していたと思いますが、そういうことなのですね。
中国語の学習方法についても、どうやったら自分により合った方法になるか、今、何が問題なのかを考えているといろんなアイデアが浮かぶものです。
大学時代、私の友人はとにかく必死で中国語を学んでいましたが、その彼が教えてくれた方法は、「街を歩いていて漢字を見かけたらすぐにそれを読む」という方法でした。
これは「漢字を見て読み方を復習・テストする」ということ以外に、「いつも中国語のことを考えている」ということなのです。
大きな発明や発見はできなくても、より良い生き方のための小さな発見はしたいですね。
发现 来自 勤于 思考 的 人 。
Fāxiàn láizì qínyú sīkǎo de rén .
“ 发明 其实 就是 找到 日常 生活 中 的 不平 、 不满 和 不便 。 如果 能 找出 问题 并 加以 解决 , 就 等于 做 了 任何人 都 没有 做 过 的 事 ” 。
“ Fāmíng qíshí jiùshì zhǎodào rìcháng shēnghuó zhōng de bùpíng 、 bùmǎn hé bùbiàn . rúguǒ néng zhǎochū wèntí bìng jiāyǐ jiějué , jiù děngyú zuò le rènhérén dōu méiyǒu zuò guò de shì ” .
